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「努力した者が全て報われるとは限らない。
しかし、成功した者は皆すべからく努力している」

 診断士試験(とくに二次試験)は努力したからといって、必ず合格できるわけではありません。ですが、努力をしないで合格した人もいません。
受験生は皆、趣味や自分の時間、家族、果ては健康まで犠牲にしながら、合格という目標に向かって努力をしています。
私も常に努力はしてきたつもりでしたが、2007年4月から受験勉強を始めて合格するまで3年9ヶ月かかりました。

努力というのは合格のための必要条件です。しかし、努力の量や質は測れないので他人と比べることはできません。ですから、私の決して優秀とは言えないこの受験経験が努力の仕方の一例として皆様のお役に立つことが一つでもあれば幸いです。

皆さんが、今年合格を勝ち取れるよう心から祈っております。
ではまず、私がどのような受験歴をたどったのか、なぜ診断士試験を受験しようとしたのか、を紹介させてもらいます。

【受験暦】

2007年 一次試験3科目合格(財務・経営情報・運営管理)
2008年 一次試験4科目合格(経済・企業経営・法務・中小 すべて60点越)
二次試験不合格(ACBC 総合B)
2009年 一次合格(468点)
二次不合格(CCBA 総合B)
2010年 一次合格(421点)
二次合格

【受験のきっかけ】

 同期入社の同僚が国内MBAの取得や資格取得に向け努力しており、触発されたのがきっかけでした。
私はメーカー販社で営業職を10年ほどやっており、営業成績は良くも悪くもなく、表彰等の目立った成績はないが、数字はコンスタントに上げるようなタイプでした。(会社としては、顧客や商材が変わってもコンスタントに数字を上げるという意味で、営業職にはちょうどいい人材と思われているのかもしれません。)
営業職という仕事に誇りと自信を持っていましたが、毎月売上を上げ、翌月にまたゼロからスタートするという繰り返しに、自分の将来のキャリアに漠然とした不安を感じていました。
そのようななか、「己(おのれ)の未来は自らの手で切り拓く」という同期の姿をみて、自分も何か始めようと思いました。(きっかけとしてはありきたりですが・・・)

診断士を選んだ理由は
・費用がかからず、独学でも学習できる。
・ビジネスに必要な知識が網羅的に身につけられる。
ためです。

上記の理由でご理解いただけるように、この時点で「スキル」、つまり二次試験で必要な診断助言の技能という視点が抜けていました。当時、私の意識は一次試験にしかありませんでした。

【一次試験の学習方法】

≪2007年≫
テキスト:TACスピードテキスト
学習:テキストの通読のみ(中小は時間がなくて読めませんでした)
期間:2007年4月から2007年8月一次試験当日まで
とにかく受けてみようという気持ちで勉強しました。
新しい知識を吸収している実感があり、楽しかった思い出があります。

≪2008年≫
テキスト:TACスピードテキスト
経済学の入門本
学習:テキスト通読 残りの4科目のみ
過去問5年 残りの4科目のみ
LECの1,000円講義 残り4科目各一回(2008年4月)
TACの経済直前講義 1回(2008年7月)
LECの500円模試 1回(2008年7月)
期間:2008年4月くらいから2008年8月一次試験当日まで
2007年の一次試験終了後、すぐに診断士の勉強する気が起きず、
簿記2級を受けていました(残念ながら2007年11月、2007年2月と続けて不合格)。3月の簿記2級の不合格の結果後、診断士の勉強を再開しました。(ちなみに二次試験終了後、そのままの勢いで11月に簿記2級を受験し、合格。)

≪2009年≫
テキスト:TACスピードテキスト
中小企業白書
中小企業施策ガイドブック
学習:テキスト通読
過去問3年 各科目
期間:2009年6月下旬から2009年8月一次試験当日まで
二次試験中心の勉強にシフトしていましたので、直前まで何もしませんでした。

≪2010年≫
テキスト:TACスピードテキスト
中小企業白書
中小企業施策ガイドブック
学習:テキスト通読
期間:2010年7月下旬から2010年8月一次試験当日まで
2009年に輪をかけて、直前まで何もしませんでした。

私の一次試験への取り組みの基本は暗記です。わりと暗記は得意でしたので、苦痛ではありませんした。知識を得ることが面白かったので、テキストも丸ごと過去問も暗記するつもりで覚えていました。一回目の合格以降、テキストは買い替えず、ほとんど最初の年に購入したものを使いました。
昨年の2010年の受験時に使用したテキストも2007年のTACのスピードテキストです(法務は商法から会社法へ変わりましたので2008年版、中小は白書と施策ガイドブック)。
同じテキストを使い続けることは、テキスト代を抑える金銭的なメリットと一から覚えなおす時間的なメリットがあるからです。同じテキストを使っていれば、どこに何が書いてあるか一発でわかるようになります。確認する時間が減り、確実に覚えることができます。細かい法改正に対応するよりメリットは大きいと思います。
またノートづくりもしませんでした。時間がなかったということもありますが、どうせ覚えてしまうのだから、わざわざ書く手間が勿体なかったからです。
このように比較的に順風満帆だった一次試験に比べ、二次試験は下記のとおりに試行錯誤の連続でした。

【二次試験の学習方法】

≪2008年(1回目の受験)≫
一次試験を合格した後で、初めて二次試験がどのようなものかを知りました。
二次の過去問を解いても、何を書いてよいのかさっぱりわからず、「これはどこか受験校に通い、基本的な解き方を教えてもらわないとだめだな。」と思いました。
某受験校の二次直前講座に申し込み、講義に出ましたが、年間講座を途中から参加している感があり、落ちこぼれに近い状態でした。さらに2007年に一次財務に合格していたため、きれいさっぱり財務指標の名称や算出方法も忘れていました。9月に受けた模試も、その時点での自分の実力を現した結果でした。
それでも喰らいついて勉強し、とにかく受験校のテクニックを覚え、自分の持てる力を出し切るべく本試験に望みました。事例ⅠからⅢまでは何とか解答し、「これは行けるかな。」と考えたのも、つかの間、事例Ⅳでもろくも打ち砕かれました。
設問につながりがあるのかないのか?そもそも力技で電卓をたたいて正解が出るのか?あまりのわけのわからなさに時間だけが経過し、気づけば白紙のまま、30分以上が経ち、そのまま恐慌状態に陥ってしまいました。
試験後、絶望感を胸に「また来年か」と思いながら帰路につきました。(ちなみにあまりのショックで上着を会場に忘れ、後日、診断協会に取りに行きました。)  この年、不合格の覚悟はしていましたが、手ごたえのあったと感じた事例ⅠからⅢも結果的には、話にもならない状態でした。

今、考えるこの年の状態は、
「彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎に必らず殆うし。」
でした。

≪2009年(2回目の受験)≫
12月の不合格発表後、来年10月に合格するために、自分に何が足りないのかを考え、2つの選択肢が出しました。
① 勉強会に参加し、議論を通じて過去問の理解を深める。
② 受験校に通い、助言診断に必要な知識を得る。
本来、両方とも必要なのですが、当時は②を選べば、知識があればどんな問題にも対応できるに違いないと判断しました。まず、自分に足りないのは暗記した知識ではなく、道具として使える知識であると考え、受験校に通い始めました。
ちなみに①のために、この年のねくすとのオリエンテーションに参加しましたが、上記のような判断をしたため、正式な参加の申し込みをしませんでした。ただ、オリエンテーションに参加しただけでも、モチベーションが上がったことを覚えております。「壇上の上と下では世界が違う、自分も必ず向こうの世界に行ってみせる」と。
受験校の勉強は、講師の先生の話が上手く、大学の講義を受けているような感じでした。ただ、過去問への取り組みが少なく、2008年に通った受験校のようなテクニックを教えるタイプの学校ではなかったため、二次試験に取り組んでいるという感じがしませんでした。また8月以降、講義がないため8、9、10月は独学で取り組んでいました。この時期の孤独感、焦燥感は今でも忘れられません。さらにこの年の模試から成績上位者に名前がのるようになってきましたから、変な自信まで加わり、試験直前は冷静さを失い、狂気にとりつかれたような状態でした。
試験当日は、「このくらいできていれば、大丈夫だろう」という気持ちで解いていました。事例Ⅳでは、昨年に続き難問で、第二問の計算問題に20分近く使ってしまいました。また恐慌状態に陥るところでしたが、昨年の経験から冷静にならねばという気持ちから、一度、ペンを置き天井を仰ぎ、深呼吸をしました。不思議と落ち着くもので、何とか全て解答することができました。
試験後、「何とか受かっているだろう」という、根拠のない自信で一カ月過ごしたものですから、不合格が発表された当日は、仕事が手につかず、「時間も金もかけたこの一年はなんだったのだろう」とか、「家族になんと言おうか」、「試験を受けるのを止めてしまおうか」と思っていました。
その日、家に帰り、結果を妻に報告しようとしたところ、「また来年がんばればいいじゃん。このまま止めてしまうのは勿体ないよ。」と先に言われてしまいました。正直、今までさんざん迷惑をかけてきた妻からこのような言葉を聞くとは思いませんでした。
その言葉に支えられ、「絶対受かるまでは止めない。そして来年こそは必ず合格する」と決意を新たにしました。

この年もやはり、
「彼れを知らず己を知らざれば、戦う毎に必らず殆うし。」
という状態だったと思います。
昨年よりは、知識も増え、模試や答練で場数も踏んできましたが、そもそも過去問を解きっぱなしにし(「彼れを知らず」)、「その場で臨機応変に対応できる」という変な自信により試験当日のプロセスまで考えておらず(「己を知らず」)という状態でした。

≪2010年(3回目の受験)≫
この年は迷わず、ねくすと勉強会に参加しようと決めていました。
不合格の報告をした社内の診断士の先輩に「勉強時間や知識が足りずに落ちたんじゃないよね。」と言われましたが、まさしくその通りだと考えていました。
では自分に足りないものは何か?この年のねくすとのオリエンテーションであるOBがおっしゃった言葉で、この年勉強する間、ずっと心に留めていた言葉があります。それは「感謝し、真摯に、謙虚さを持って試験勉強に臨む」という心構えに関する言葉でした。昨年の失敗の一因は「過信」にあるとそこで気づきを得ました。そのため、ねくすとで勉強するときは「勉強させてもらえる家族に感謝し、他の受験生からのツッコミを真摯に受け止め、過去問に謙虚に取り組む」ように心がけました。家族を顧みることで、時間を大切にし、他の受験生との議論で、自分の足りない部分を知り、過去問を深く理解することで、何を問われているかを知ることができました。
一次試験が終わった時期に、あるOBとお話させていただき、「試験当日のプロセスをしっかり組み立てる」ことの大切さを知りました。今までは、臨機応変で対応してきたのですが(「場当たり的な」というほうが正しいのですが)、プロセスを改めて書き起こし、80分で過去問を解く際に、必ず隣に置いておくようにしました。
また9月上旬に別のOBに直近3年分の過去問を、見ていただいたことにより、多くの気づきを得ました。1週間以内に過去3年分を解くという「高地トレーニング」のような方法でしたので、(見ていただくほうも大変だったと思います。本当にありがとうございました。)、この時点で80分対応に慣れました。このときくらいから、多くの「気づき」を得るようになりました。
よく合格者が「気づきを得ることで合格した」という話を聞きますが、私の場合、「気づき」は細かい積み重ねでした。「気づき」自体は、よく合格者が口にする一見当たり前の「答えは与件のなかにある」、「因果で答える」、「わかりやすい言葉で書く」等でした。ただ、これらが自分の腹に落ちたときに本当の意味で「気づいた」ことになるのではないかと思います。
ちなみに「気づき」は全てプロセスを書いた表に入れ、試験当日はこの表しか持っていきませんでした。
9月、10月は月ねく、土ねくに参加するようになり、10月は日ねくや祝日の有志の勉強会に参加しました。試験当日までの勉強時間を確保できたほか、ペースやモチベーションの維持等が図れたため、本当に勉強会に参加してよかったと思います。
当初よりねくすと勉強会をマイルストーンとして位置付けていましたので、一度参加すると決めた以上、絶対に休まないという不文律を自分の中で設けていました。ですので、すいねくは試験直前の週も参加しました(今年の事例Ⅱでちょうどこの週に議論したことが出るとは思いませんでしたが)。
試験当日、OBの方が近くの喫茶店待機していただいていたので、一年間の御礼をしようと思い、向かいました。そもそも私は試験会場に早めに入ると、緊張してしまうため、いつもぎりぎりで会場入りしています。そのため、OBの方のところに伺ったのも、受験仲間の中で最後の一人で、OBの方2名と喫茶店から会場に向かいました。   一人のOBの方から飴をいただき、もう一人のOBの方から一言「試験を始まったら、事例企業の社長に『社長、よろしくお願いします』、解答を書くときに『社長、これでわかりますか』という気持ちで取り組むように」。という言葉いただきました。
試験中に舐めた飴はねくすとでの今までの努力を、直前にいただいた言葉はあらためて事例を解くときの心構えを思い出させてくれました。とにかく落ち着いて、事例に集中し、事例のことだけを考え、あっという間に時間が過ぎていきました。
過去2年に比べると、かなり冷静で、模試を受けているような不思議な錯覚にとらわれました。「ストーリーは分かる。答えなくてはいけないことも分かる。でも解答は上手く表現しきれていてない。もう少し上手い表現があったのではないか。」と事例が終わるたびに、失敗した部分が気になりました。事例Ⅳまで終わった後、まったく手ごたえはありませんでした。
試験後は、「また来年も試験を受けることになるだろう。であれば一カ月は休息期間に充てよう」と思っていたため、再現答案を書いた後、一切試験のことは考えませんでした。ただ、今までとは違い、前向きな気持ちで来年がんばろうと思えました。失敗した部分がわかっていましたし、来年取り組むべき課題もわかっていたからです。
久しぶりに11月の終わりに受験生で飲みにいったときは、試験後と合否判定前のモラトリアムでしたので、勉強仲間と勉強以外の話ができて、本当に楽しかったです。
合格発表の日は休みをとりましたので、ゆっくり寝ていようと思っていましたが、9時50分頃に目が覚めました。「いつ見ても、合否は変わらないのだから、折角だから早めに見て、ねくすとの掲示板に上げよう」と思い、PCを立ち上げました。
毎年、喉がカラカラに乾く瞬間です。「まあ、ないだろう」と思いつつ、順番に受験番号を追っていくと、自分の番号が!信じられないと思い、何度も受験票と見比べますが、間違いがありません。急いでねくすとの掲示板に合格の報告を入れましたが、入れた後で寝起きだったから寝ぼけていないかと思い、再度確認までしてしまいました。それくらい自分のなかでは信じられない出来事でした。
合格発表の日の夕方、祝賀会でこの話をOBにしたところ、「私は菊池さんが合格するって信じていましたよ」と言われ、思わず目頭が熱くなりました。今まで支援していただいたOBの方々には感謝してもしきれません。

この年なぜ合格できたのかは、
「彼れを知らずして己を知れば、一勝一負す。」
の状態まで持って行けたからだと思います。
理想は、
「彼れを知りて己を知れば、百戦して殆うからず。」
の状態まで持っていきたいのですが、試験である以上に事前にどんな問題が出るかわかりません。過去問の頻出論点や出題傾向はわかりますが、二次試験当日の試験問題(「彼れ」)を知らない限り、絶対に合格できる保証(「百戦して殆うからず」)はありません。ただこの答えの見えにくい二次試験問題に対して、解答するのに自分の足りない部分(「己」)を知ることで、試験当日の戦略を立てられました。また二次試験問題を深く理解しようとするすいねくの議論が「一勝一負」の可能性を引き上げたと思います。

【最後に】

 一年間支援をしてくださったOBの皆様、ともに受験勉強をしてきた受験生の皆様、受験勉強を影でささえてくれた家族に感謝の言葉を述べたいと思います。本当にありがとうございました。

最後に一言だけつけ加えさせていただくとしたら、この言葉を合格を志す人たちに贈ります。

”If you can dream it, you can do it.”

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