横z


●感謝

今この言葉が私の心の中を駆けめぐっています。
受験に理解をしてくれた家族、
勉強したいときに帰宅させてくれた上司
ねくすとで一緒に勉強してくれた受験仲間
そして、ねくすとで最後の最後までサポートをしてくれたねくすとOB

今私が合格という喜びを味わえたのもこの出会いがあったからと、
私に関わった全ての人たちに感謝を申し上げたい。

本当にありがとうございました。

●診断士試験受験歴

H19年 一次不合格(経済、運営科目合格)←独学
H20年 一次合格 二次不合格(CCBB)←ねくすと(すいねくのみ)
H21年 一次パス 二次合格 ←ねくすと(すいねく、どねく、げつねく参加)

●バックグラウンド

診断士試験を受験する方の経歴はさまざまです。
恐らく、色々なバックグラウンドを持つ方がいるから
この資格の魅力が増すのではないでしょうか。

私は、スポーツの世界で生きていました。
高校は野球部で甲子園を目指し、(補欠のピッチャーでした)
大学は陸上部で砲丸を投げ、(自己最高は茨城県6位までいった)
卒業後、プロゴルファーを目指し、ゴルフ場に住み込みで8年間修行しました。
(プロテストは3回、1次敗退)

残念ながら、競技者としては大成しませんでした。
この後、長年のゴルフ競技生活を生かし、
ゴルフショップ店長、ゴルフショップFC本部を経験し、
現在、外資系ゴルフ用品メーカーに勤務し、
ゴルフクラブの個別注文、お客様相談電話などを担当しています。

●経緯

私が診断士を目指したきっかけは、ゴルフショップFC本部の時、
上司が診断士を目指しており、私のあまりのビジネスに関する
知識の無さから、資格取得を勧められたというよりは強制に近かったと思います。
H18年の秋でした。

●他の資格

私は診断士を勉強し始めた頃、テキストを見て愕然としました。
全く分からない。特に、財務・会計が???でした。
当然です。
店長時代に少しは粗利がどうだとか、コストがどれくらいだとかは
決められたフォーマットに打ち込んでいましたが、
知識は全くゼロベースでした。

色々調べた結果、簿記という資格があり財務・会計を勉強する登竜門に
なっていると知りました。
「同時並行で簿記を取得しよう」と決めたH19年11月の簿記3級、
続いてH19年2月の簿記2級を独学で一発合格しました。

この合格は大きかった。
資格取得の喜びがどれだけ嬉しいことか、
また、勉強するごとに自分が成長していくのが肌で感じられ、
もっともっと勉強したいと感じるようになりました。

さらに、H19年1月ぐらいから始めていた情報システム対策として
受験を考えていた初級シスアドも4月に合格でき、もしかしたら、
診断士も一気に合格してしまうのでは、と失礼ながら考えてしまいました。

結局、診断士一次試験は合格点からはほど遠い点数で不合格となります。

一次試験が終わり、不合格が確定した後、すぐには診断士の学習ができず、
これまた色々調べた結果、販売士という資格があり、診断士資格に
非常に似ているということがわかりました。
診断士の学習に少し飽きていた私は、10月の販売士2級、翌2月の販売士1級に
気持ちを切り替え、不合格確定後、3日後には勉強を再開していました。

運良く、これまた順調に販売士2級と販売士1級に合格しましたが、
これ以降は、ねくすと勉強会に入会し、本気で診断士を目指さなければ受からない
と気づいたので、他の資格には目も行きませんでした。

結果として、他の資格を勉強したことが良かったのか悪かったのかわかりません。
ただ、ねくすとに入会し、診断士試験に注力したことが合格を早めたことは
間違いないようです。

●ねくすと一年目

私がねくすと一年目勉強し始めたのは、H19年12月ぐらいからです。
丁度、合格者が合格体験記を書いているとき、まさに今私が書いている時でした。

多少、独学でも一年間、診断士一次試験のために勉強してきた自負はあったので
一次組の過去問チームに入りました。
この時、私は経済と運営2科目合格していましたが、
運営は得意科目だったので、受験しようと考えていました。
結局、H20年6月ぐらいにより合格を確実にするために5科目に絞ろうと考え、
運営の勉強を終了しました。

ねくすとは仕事の関係上、土日、祝日は全く参加出来ず、しかし、すいねくは
ほとんど参加しました。
参加率は9割以上だったと思います。

そのとき過去問チームは6~7名の固定で非常に優秀なメンバーが揃っていました。
現在、この中から4名の合格者が出ています。

この時の私と言えば、正直レベル感というよりは、もともと持っているもの
潜在能力の違いに愕然とし、これは厳しい戦いになるぞとすぐに分かりました。

そこで立てた計画として、
・議事録は全て私が立候補し、議論の時は集中して人の話を聞き、
復習に時間をかけよう
・とにかく反復練習、スピード問題集を何回も皿回ししよう
と考えました。

このころ、私の休みは平日で火曜日と木曜日が多かったため、
火曜日はねくすとの予習(3~4時間)、木曜日はねくすとの復習(10時間)と時間を割きました。
特に、復習には時間をかけ、ねくすとの議論をフラッシュバックするとともに、
一つ一つの設問に、なぜ×なのかまで調べ、議事録としてメーリングリストにアップ
していました。

ねくすと勉強会以外の勉強時間は、会社に朝7時に出社し、9時まで2時間
勉強しました。
内容は、T社のスピード問題集+B社のクイック問題集を行いました。
往復の電車の中、朝の勉強、昼休み、の時間で行いましたので、
正確な回数は分かりませんが、恐らく15回ぐらいは皿回ししたと思います。

夜はどうしたかというと、やはり問題の財務です。
2月までは、販売士の勉強をしていたので、時間が取られていましたが、
2月以降は財務の時間にしました。
とは言っても、朝も早く、夜も仕事から帰ってくるのが遅かったので
(22時ぐらいでした)、2~3問でもやるというように
決めて問題を解きました。

教材は、スピード問題集+クイック問題集+B社の財務特訓です。

このような計画で6月のT社模擬試験までに、合格レベルまでもってこれれば
と考え、実行しました。

6月のT社模試では、本番を想定し、受験しました。
模試では、必ず本番と同じシュミレーションを心がけました。

ここまで勉強しているのだからさぞかし模試の結果も良かったのでしょうね、
と思われるかも知れませんが、結果はC判定でした。
でも、全く憶することはありませんでした。
自分はこれから伸びる、試験前日まで伸びると信じていました。
この気持ちは、H21年の2次試験まで続きました。

6月の模試以降は、徹底的に模試の復習を行いました。
これを、2ヶ月間必死に復習しました。
分からなければ、テキストに戻り、問題集も確認し繰り返し復習しました。

また、本番での解答順序も変えました。
第1問から問題は絶対解かない。
解く順と時間を全て決めました。
企業経営論はマーケから、
財務は工業簿記から、
法務は知財から、
情報は正規化から、
中小は施策から
解き始めました。

試験は準備段階で99%勝ち負けが決まると考えます。
最後まであきらめずに今できる最高の準備をしたことが、
一次試験に合格できた要因であったと思います。

H20年一次試験合格後、ねくすと2次組に入ったのですが、
正直、一次試験突破に注力しすぎていたため、燃え尽きてしましまた。

転職活動なども加わり、不十分な状態で2次試験を受験し、
惨敗しました。
特に、事例Ⅳが全く手が出ず財務では後悔しない年にしたいと、
翌年の受験のことを考えていました。

●ねくすと二年目

いよいよ診断士2次試験に向けた年が始まりました。
ねくすとのオリエンテーションが終わった後、昨年一次組でがんばった
同士とともに飲む機会がありました。

そのときに、1つ目のターニングポイントがありました。
話の中で今年合格したT氏は、子供や家族が寝た後にムクッと起きて
勉強していた、という話を聞いた瞬間でした。
ショックでした。なんと自分は甘かったのだろう、今の勉強方法では
受からないと瞬間的に判断しました。

その翌日から朝4時30分起きの勉強が始まりました。
ゴルフの研修生時代、朝4時に起きて練習をしていたので、
朝は強いと自信はあったのですが、それは夜早く寝ていたためで、
今度は、早くても23時30分遅ければ24時を過ぎることもあり、
正直つらかったです。

本当につらかったので、年間カレンダーを買い毎朝起きた時、
日にちに斜線を入れ、あと試験までどのくらいかカウントしていました。

朝起き勉強のメリットは、
①頭が疲れていない状態で勉強できるので、集中して事例に向き合える
②とにかく、勉強時間の確保ができる、誰にも邪魔されない
③勉強の習慣をつける、歯を磨かないと気持ち悪いのと同じ感覚

です。
もちろん、1年間の中で、病気もしたし、会社の出張もあったので
100%できたかというと90%ぐらいだったと思います。
しかし、朝勉強する習慣は完全につきました。今も朝です。
恐らく、知識を売る商売をする限り、一生勉強しなければなりませんし、
勉強することは楽しい。
これからも、自分の身体と向き合い朝の勉強を継続していきます。

また、年初に1年間の勉強ジュールを立てました。
年間カレンダーにある程度の予定を記入しました。
①M社の年間4回ある模試を小目標として勉強のバロメーターとする。
②一次試験まで徹底的に時間をかけ、事例を考える
③徹底的に時間をかけるため、すいねく、どねくの後、メーリングリストに
全て再答案をアップする。
④メーリングリストにアップされた他の受験生の再答案を必ず目を通し、
つっこみを入れる。
⑤夜、毎日必ず財務・会計の問題を解く
⑥一次試験後、80分のタイムマネジメントを確立する

以上が、ざっくりしたスケジュールです。
転職も完了し、土日祝の休みの会社に入れたので、
できる限り、どねく、祝日のスペシャルに出席し、
すいねくは仕事場の関係上、毎回8時ぐらいになりましたが、必ず出席
するように水曜日の調整を行いました。

妥協せず行っていけば合格できると信じて。

気になる模試の結果は、2回目の6月ぐらいまでは、中の下ぐらい、
3回目に中の上ぐらいになりましたが、
事例Ⅳが伸びない。
全て、後ろから10%ぐらいに入っていました。
本当に悩みました。
毎日勉強しているからこそ、なぜだろうと
考えていました。

計算は爆発的に力はつかないと判断した8月、
記述は絶対落とすまいと考えた私は、
毎晩、一事例解き、記述は写経し、計算問題は自力で解けるまで繰り返し考えました。

同時に、財務事例で難しいとされるデシジョンツリー、取替投資の計算は
集中的にこなしました。
取替投資だけは、業務的意思決定の簿記1級のテキスト、問題集を行いました。

これを実行したため、最後の模試では、上位30%以内に入れました。
事例Ⅳが何とか中の上になったことが自信を深めました。

2つ目のターニングポイントは、一次試験後のキックオフで
Y氏からの質問でした。
「受かりたいと思っている人」
と質問されたので、私は、受かりたいに決まっていると手を挙げました。
ところが、「絶対受かる人」といわれた瞬間、ハッとしました。
試験前なのに、受かったらいいな、とか、来年一次7科目やらなければいけないのか、
などと考えている自分に気がつきました。

この話を聞いてから、さらなるラストスパートができました。
仕事の帰り道、「絶対受かる」とつぶやきながら帰り、仕事場、勉強机に絶対受かると
紙に書いて張っていました。
何度が体調が悪くなった時期がありましたが、気持ちで乗り切れるものです。
この時、人間は気持ちでどうにでもなると気がつきました。

3つ目のターニングポイントは、試験1ヶ月前のS氏からのマンツーマンの学習指導です。
正直、ある程度自信を持っていた私は、まあ最後にヒントをもらえればいいという感じで
OBにお願いしました。
ところが、S氏は、本当にけちょん、けちょんに私の答案に対し、
ダメだしをしました。今思えば、これがなかったとゾッとしますが、
そのときはつらかった。
今でも思い出す言葉は、
「あなたの答案よりよっぽど一次組から来た人の方がよい」
「自分の考えは間違っていると思わなくてはダメ」
「今まで築き上げたものを一旦壊して再度つくりなおせ」
という言葉です。
はっきりとこのままでは合格出来ないと言われました。
本当にこれが良かった。
慢心していた私の心が再度燃え上がりました。

ただ、燃え上がっていても残り1ヶ月、やれることは
限られていました。

S氏から、同じ様な境遇から合格したI氏がいると
紹介され、話を聞くように勧められました。

I氏に話を聞き、そして、合格するために毎日I氏に
解いた事例をPDFで送るように言って頂きました。
ここから、試験前日までI氏とのやりとりが始まりました。

本当に毎日毎日添削して頂きました。
とにかく、3点だけを意識して事例を解きました。
その3点とは、
①因果
②方向性
③言葉にこだわる
です。
①因果は二次試験の勉強を始めたときから意識はしていましたが、
非常に雑になっていました。
因果を丁寧につなぐことを強烈に意識し解答を作成しました。
②方向性は、解答作成のメモと方向性が混同していたため、
ブレが生じていました。改めて方向性を作ってから解答メモを作成する
ようにしました。
③言葉にこだわるは、曖昧な表現を使うことが多くなっていました。
より具体性のある言葉を使うようにしました。

他に細かいことを多く修正してもらいましたが、ねくすとで勉強してきたので、
もとに戻ることはたやすいことでした。

●本番当日

ここまでくるのに全てをやりきった感はありました。
シュミレーションも完璧に行ってきました。
あとは、最後まであきらめないことでした。
リラックスを心がけ、やるべきことをやるだけです。
普段と何も違いはありませんでした。

●おわりに

本番の試験終了後、事例Ⅳで「やっちまった」と冷や汗だらだらでした。
悔しかった。
次の日に再現答案を作りましが、本番当日を思い出すだけで吐き気がして、
2時間ぐらいで何とかパソコンに打ち込みました。
べた打ちでした。

しかし、後悔しても仕方ないので、3日後には一次試験の勉強を始め、
すいねくの勉強会も来年に向けて参加していました。

合格発表の日、私は自分の受験番号を控えていきませんでした。
気持ちは切り替えていました。

仕事が終わり家に帰りましたが、やはり手紙が来ていない感じでした。
「やっぱりダメか」と、夕食を食べ、一応ネットでも見るかと
診断士協会の合格発表を見ました。

「あれ?見覚えのある番号がある!」一気にテンションが上がりました。
もう一度、受験票をもって合格番号を確認しました。
「やっぱりある!なんで?!」と思いながら、家族に「俺宛に手紙なかった?」
と聞いてみると、「何か来てたね」だって。
私も話していなかったので悪かったのですが、まさか広告と一緒にされている
とは思いませんでした。危うく捨てられるところだった。

結果は合格。
まるで実感がない。
今合格体験記を書いていますが、いまだ合格したんだよね、という気持ちです。
私の合格はねくすとに始まりねくすとに終わりました。
それほど、ねくすとの存在は大きかったし、影響を受けました。
ねくすとのOBになれたことを誇りに思い、また、さらにねくすとから
たくさんの合格者がでるよう本気でサポートしていきたいと思います。

長い文章を最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
少しでも参考になればと思います。

ありがとうございました。

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