けんしろー


「二次合格への道」
1.プロローグ

 今、ねくすと勉強会のOBとしてこの合格体験記を書けることの幸せを味わっている。親身になって支援していただいたOBの皆様、切磋琢磨しあえた受験生の皆様、そして勉強を続けさせてくれた妻に、心から感謝したい。

2.1年前(2008年12月)

 その日は2次試験の合格発表日だった。受験1年目は独学で2次試験は全くの準備不足であったが、2年目である今回は、ねくすと2次組でみっちり鍛えて臨んだ試験であった。会社に出勤した私はネットで合否を確認しようとPCの前でそわそわしていた。午前10時を過ぎた頃、ねくすとのMLに「合格しました」の声があがりはじめた。早速、協会のHPを開き番号を確認していった。しかし、何度見ても私の番号は見つけられなかった。
「やっぱりな」と「どうして」という2つの思いに揺れながら、打ちひしがれていく中、合格メールは次から次へとML上に踊っていた。羨望の眼差しを送りつつ、自分の不甲斐無さを反芻する頭の中はひたすらループするばかりであった。また、ねくすと至上最高の合格者数も、輪をかけて自分に重くのしかかった。
具体的なことは何も考えられず、「これから1年どうやって過ごそう」と漠然と思うことしかできずに、時間だけが過ぎていった。

3. 決意

 合格発表からまもなく、ねくすとのオリエンの日がやってきた。その前に筆記試験のフィードバックがあり、結果は「BAAA」だった。自分でこの評価を見て「惜しかった」と思ったことはない。あらためて合格する力が低いという認識を強めただけである。Aが3つあっても、B1つをカバーできないほど低いレベルだと考えた。【こいつわかっているな】と採点者に思わせる域に達していなかっただけである。
一から出直しのつもりで、オリエンの宴で新OBから1年間の勉強方法、実績等の話を聞いた。また古いOBからは励ましの言葉をかけてもらった。同時に、【けんしろーさんのモチベーションを考えるとあと1年が勝負だね】とも言われた。自分では「受かるまでやる気は維持できるはず」と思っていたものの、経験者から語られる言葉は重かった。私はねくすとという組織の温かくも厳しい雰囲気が自分に向いていると思えただけでなく、属する人たちが好きだったので、とにかくここで合格したいという気持ちを強くした。
オリエン後には早速、合格に向けた計画を立てた。ねくすと2次組で1年間フルにやってきたことを振返りつつ、2009年10月の2次試験をターゲットにしたスケジュールである。
「圧倒的な実力をつけ、合格を果たす」という目標をかかげ戦略を立てた。抽象的な目標であるが、自分には安きに流されることを防いでくれる大きな決意の象徴であった。ねくすとで1年間お世話になったことは、アドバンテージになっていたはずだがそれは一旦忘れることにした。量、質の両面ともに手を抜かず、慢心せず、妥協することなく、自分の絶対力をつけることだけを一心に取組むことにした。

4. 変革と継続

 目標は10月の2次試験で、何が起きても合格レベルの答案が書けることである。昨年は、自分の管理の甘さが原因であるが、試験日前々日から熱にやられ当日も体調がすぐれなかった。また、初見の本試験問題を80分で解くにあたり全設問をミスなく対応することはそもそも難しい。(更には、良かれ悪しかれ、ねくすとの仲間が隣に座ることもある!)
繰返しになるが、合格を確実にするにはちょっとやそっとでは崩れない絶対的な力が必要と考えた。そのためには「昨年と同じことをやってもダメだ。パワーアップが図れる新しい取組みをおこなっていこう」という方針で臨んだ。
結果として以下の「変えたこと」と「変えなかったこと」に取組むことにした。

○変えたこと

  ①2段階解き
負荷をかけること、3月の模試に向けて80分解きの第1段階を確立することを目的に、水ねく用の解答を作成する前にまずは80分解きを行った。そして今度は時間無制限で解く。それを比較し、その乖離を少しずつつめていくことを課題として考えた。一方で、ねくすとの議論には中途半端な解答を持参しても効果は低い。濃い議論をするためにはその時点で自分の全ての力を出し切って作った解答が必要である。気付きを得る質と量が格段に違ってくる。

②事例演習
過去問以外にも事例問題を解いた。独学で受験校にも全く行ったことがないため、初見への対応力強化や事例を考える上で基本的なロジックに漏れがないかを確認するためである。但し、あくまでも初見に意義があるため過去問のように繰返し解くことや、復習に力を入れることはなかった。模範解答と比較して自分の弱点や癖を分析して気付きメモにためていき、思考の厚みを増すことを心掛けた。

③ねくすとフル活用
昨年は追い込み時期には独りでこもって勉強した。今年はできるだけみんなと議論すると決めていた。8月以降はオプションである月ねくは全出席、土ねくもほとんど出席した。議論して突っ込みをもらうことも大事だが、それ以上に人に納得感をもたらす説明することの大事さを身にしみてわかった。突っ込みするときも、「なぜ自分がその突っ込みをするのか」を大事にした。「なんとなく」や「感覚」も最後は大事だが、できれば論理的にかつ【タコ社長基準】で説明できたほうが自分のためにもなる。

④その他
通勤経路も変えた。非常に遠回りのため費用も時間もかかるが、40分近くを1つの電車の中で過ごせるようにした。40分は事例の解答骨子作成にはぴったりの時間だし、ラッシュから逃れ財務問題に向き合い電卓をたたける環境を得られた。

○続けたこと

 ①過去問にふれ続ける
2年目に過去問と向かいあうのは気乗りがしなかった。最初はその年に受けた事例のため新鮮だったが、それ以前の事例はねくすと1年目でやりこんだ感があった。でも上記の2段階解きをやることを決めていたため、H19年度を事例Ⅰからスタートさせていった。するとどうだろう、予想に反して昨年作った自分のベスト答案をあっさり上回る解答に仕上がった。特に新しい勉強をしたわけではないのに、違う解答が書けることにびっくりした。そして現金なもので、【ある程度の経験者は過去問以外からは得るものがなくなってくる】という過去問の重要性を自分でも再認識でき、迷いもふっきれた。恐らくH20年度の本試験や再現答案、その後の再解答作成というプロセスが、ピークにあった精神状態ともリンクして1段飛ばしで力をつけられたのかもしれない。2次を再受験するにあたっては10月から1月が最も大事な時かもしれない。

②気付きメモ
水ねくでの議論はもちろん、OBや受験生と違う角度でコミュニケーションがとれる天ねく、MLの一次組や二次組の議事録も含め、新たに気付いたことは何でもエクセルシートに入力した。
そしてエスカレーターや信号待ち、すき間時間を中心にインプットしていた。突っ込みから知識、勉強ノウハウ・・・とにかく何でも入力した。1,000項目は軽く超える量であった。エクセルを自分の脳の外部記憶装置として活用すると同時に脳のメモリーの増設による定着化を図っていった。

③財務の計算
ねくすとでは【財務のかけら】と呼ばれているものである。とにかく間違った計算問題を何回も解き続けることが大事。最終的に10回以上解いた問題もある。解いた日付と○×△を書き込んでいたのだが、特に、結果は合っていても最短で解けなかった問題は△として解き続けた。本試験の緊張とプレッシャーの中で行う計算は、日常のそれとは全く違うので隙や甘さは一切排除しようと考えた。スピードと正確性の2つを磨くことで事例Ⅳを得意科目へと変えていった。

5. 仕上げ

 10月に力のピークを持っていくことは意外と難しい。特に多年度受験生は注意が必要である。「わかりやすく、納得性のある解答」でなければなかなか合格点はもらえない。一方で事例や設問を深く追求していくと横道にそれるリスクは高くなる。
解答を水槽の中の宝探しに例えると、水槽の底に敷かれている砂の上の宝がなかなか見つからない。最初はそこまで手が届かないのだが、段々と慣れてくる。そしてもう少しで届くと思ったとたんに行き過ぎて砂の奥底に手を突っ込んで一生懸命探していることがある。最初はきれいだった水槽の水も、長年経つと濁ってきて宝が見えなくなってしまう。がむしゃらに引っ掻き回したり、深くすすむだけではダメなのである。時には新しい水と交換するために、一度水槽の水を捨てることも必要になる。
私は常にこのバランスを意識していた。深くなりすぎず、浅くもなりすぎず、また高低だけでなく平面での【的の位置】も含めて、宝に近づくためにはどうしたらいいかを考えていた。でもこれは自分ひとりではなかなか難しい。みんなに自分のロジックを披露して意見をもらうことでそのバランスを磨いていくのである。だから水ねくやMLだけでなく、引っかかっている事例の1設問でも、多くの人と意見交換をすることが大切である。「誰も気付かない新たな観点で助言を生み出した」といって悦に入っていたらダメである。それが字数制限の中、正しく伝えられ皆から共感を得られなければ、この試験においては価値が低いのである。
また同時に【日本語のくずれ】を解消することも最終的にとても重要である。字数制限の試験においては【書く能力】のウエイトも高いので日頃から丁寧に(=わかりやすく)書く習慣を身に付けられるといい。本番で日本語を悩んでいる間はなく、付け焼刃では対応は難しい。

6. 本試験(2009年10月)

 本試験の1週間前からは最終調整のためスローダウンする計画だった。でも計画は狂ってしまった。事例ⅠからⅢの自分のベスト解答を写経している内に、事例Ⅳの経営分析を含めて赤を入れ始めてしまったのである。結局、全年度の解答をおさらいにばたばたになりながら、試験当日を迎えることになる。
最後はタイマーやシャーペン、マーカー5色、赤ペンの並び順、消しゴムの配置場所、まで型になった。OBからその話を聞いたときは少々違和感があったものの、自分もそうなっていったことに驚きを感じた。
当日はリバティー近くの待ち合わせ場所に寄って、ねくすとのOBと仲間達からリラックスさをもらった。どれだけ勉強してきても本試験の初見を80分で対応することは、時間との戦いとなりとても苦しい。80分間、脳はフルパワーで稼動し、「なぜ社長は○○したんだ」「そんな助言でいいのか」等を反芻しもがき苦しむ。少しでも安心感を得るためについつい解答欄を埋めにいきたくなる。でもこれまでの積み重ねは、思いつきやひらめきを解答欄に書くためではなかったはずである。事例企業の社長や出題者が何を求めているかを探し、考え、軸のしっかりした解答を書くことである。そのための「粘り」と「ブレーキ」を身に付けるための1年であったと言っても過言ではない。ぎりぎりの戦いの中、「書き出したくなる衝動や妄想にブレーキをかけ最後の1秒まで粘り、【捨てる勇気】によりシンプルなロジックを見つけ出す」ことができるかどうかである。17時の試験終了のベルを聞いたとき、何度もバランスを崩しそうになったが、なんとか自分をコントロールできたと思った。

今、再現答案を見返すともちろん不十分な点も多いが、合格発表前にねくすとのOBから褒めてもらえたことは何より嬉しかった。それは、「ねくすとで学んだことをなんとか試験当日に発揮できた」と改めて感じられたからである。

7. エピローグ

 合格発表当日の午前中は会社を休んだ。これも昨年と変えたことである。合否に関わらず結果を即座にMLにアップしようと思っていたが、会社ではMLにアクセスできないからである。お世話になったOBに対して、どうしても結果をいち早くお知らせしたかった。
協会のHPにアクセスしている最中、マウスを操る手は震えていた。そして最後の1クリックで受験番号が並ぶ画面を展開すると、まっすぐに自分の受験番号が目に飛び込んできた。あげるはずはないと思っていた歓喜の声を、静寂に包まれていた自宅のリビングに響かせた。興奮と同時に、安堵の気持ちが心に拡がる感覚を味わった。

この体験記では試験のためのスキルは具体的には述べなかったが、それはねくすと勉強会の中で受験生にダイレクトに伝えていきたい。また、この試験は頭を鍛えるだけでは受からない気もする。メンタル面やハートといったものが車の両輪のように必要である。単なる筆記試験であるが、時には目の前に【生身の人間】がいることを想定する必要がある。記憶力と論理力だけを振り回してもダメな時もある。そういうことも伝えていきたい。

診断士の資格を取得したことで、即座にプロのコンサルタントという道を考えているわけではない。でもその選択肢を手にいれられたことはとても嬉しい。これからも挑戦のスピリットを忘れずに、積極的に新たな経験を積んでいきたい。また、ねくすとで培ったことを受験生との議論、実務、社会における様々な場で発揮していきたい。
最後に、この体験記が少しでも受験生の参考になることを祈りつつ結びとします。
ありがとうございました。
以上

注:【】書きは印象に残っているOBや受験生の言葉を使わせてもらったものです。

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