おじさん_ZD


感謝
2011年度合格 おじさん_ZD

「3年」、私にとり言葉では短いですが、とても長い年月でした。中小企業診断士試験に合格して、勉強で迷惑をかけた家族に感謝。そして、「ねくすと勉強会」で一緒に勉強していただいた皆様、サポートをしてくださったOBの皆様にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
3年間の試験勉強で得た私の結論は、「合格者や受験予備校が言うことを実感できるようになり、心・技・体を充実させ、平常心で試験に望み、自分の実力を出せば、診断士試験を極める道半ばでも、運が味方して合格できる」です。
私の場合、心の部分では、ポジティブシンキングを重視し、意識を変えて作問者の想定する社長の目線で考えることで運を引き寄せました。技の部分では、一次知識の充実、ロジカルシンキングによる思考の訓練、春秋要約による筆記力向上を行いました。また、作問者の意図を踏まえた解答を書くために、「深く、広く考えた上で、浅いレベルで解答を書く」ことを考えました。体の部分では、基礎体力や精神力の維持・強化に努めました。その内容を合格体験記としてまとめてみました。

1.受験歴

平成21年度 1次○     2次× (BBAB)
平成22年度 1次受験せず  2次× (BBCB) (ねくすと1年目)
平成23年度 1次○     2次○ (ねくすと2年目)

2.経歴

 私は1981年に社会人となり、住宅営業、営業の企画(カタログや住宅価格の積算ツールの製作などを担当)、事務処理のオンライン化やCADシステムの開発などを経験してきました。その後、現在の部署に異動になりました。
現在の部署は、いわゆる「シンクタンク」というものです。スポンサーである本社からの調査や、官公庁が公募する調査等を受託して調査を行っています。

3.中小企業診断士受験の経緯

 私が現在の部署で行っていた仕事の一つに、地域新生コンソーシアム研究開発事業や地域イノベーション創出研究開発事業の支援作業というものがありました。その支援事業の中に「研究開発を行う大学や企業への事業化の助言」というものがありました。これを行うにあたり、「体系的な知識の必要性」を感じ、さらに「体系的な知識や、確かな根拠がないまま助言するのは、相手に失礼だ」と思ったことが、診断士の資格取得を思い立った理由です。

4.受験1年目(平成21年度)

4.1 テキスト、過去問中心で一次試験は合格
受験を決意したのが2月と一次試験まで時間がなかったため、受験1年目の勉強は4月まで一次試験のテキスト7冊にまず1回目を通し、2回目で重要そうなところをマークし、3回目で「覚えにくく、試験前に見直す」であろう部分に付箋を貼るという方法で知識の習得を図りました。Z社のスピード問題集も購入しましたが、1回解いただけで、何度も解いて基礎を身に付ける時間はありませんでした。
そして、5月以降はY社の過去問題集に取組みました。この問題集はパソコンから、13年度以降の問題を取り出すことができたので、13年度以降の全問題を解きました。その採点結果を一覧表にしてみると、基準の420点を超える年度が3分の2ほどあったので、「問題の難易度次第で合格の可能性は十分にある」と考えました。一次試験はこの読み通り、総合計465点(自己採点)で合格しました。

4.2 二次試験の厳しさを知る
問題は二次試験でした。一次試験終了後に二次試験を初めて見ると、解答として何を書いてよいか、さっぱり分からないのです。「一次を受かることが重要。二次試験は受かってから考えよう。二次試験までの期間が短いのは、一次後に勉強を始めても十分間に合うから」と考えていた思惑が大きく崩れました。独学だったため、相談相手もなく、過去問題集の解答を真似て答えを書く練習をするだけでした。
しかし、これで受かるほど二次試験は易しくありません。試験当日に二次試験の難しさを知り、受験1年目は終了しました。その二次試験の結果はBBABでした。

5.受験2年目(平成22年度)

5.1 独学の難しさを知り、ねくすと勉強会に入会
二次試験後の疲労が大きく、1週間ほど試験のことを考える気にはなりませんでした。しかし、「簡単に諦めるわけにはいかない」と思い直し、再受験を決めました。その時に考えたのが「独学の難しさ」です。妻にも「独学には限りがある。受験予備校に行くか、勉強会に参加するか、考えたほうがよい」と言われました。そして、ネット情報を検索して見つけたのが「ねくすと勉強会」でした。ホームページの「12月初めの会員募集」のお知らせを見て、縁を感じ、参加を申し込みました。
ねくすと勉強会に入会して「よかった」と思ったことは、事例に対する様々な意見が聞けたことです。独学は、やはり寂しいものです。「合格」という共通目的を持つ仲間や、OBから教わる事例の読み方等の情報は貴重でした。当時は、毎週水曜のねくすと勉強会に出席することが楽しいことでした。

5.2 ただ多くの事例を解く罠に陥る
受験2年目の失敗は「事例をたくさん解けば実力がアップし、合格する」と考えたことです。この年、私は事例の答案を一日中考えていたことが何度もありました。それほど事例については様々なことを考えましたが、その結果を取捨選択せずに、できる限りたくさん、解答に盛り込むことに時間を費やしたのです。採点方法は「キーワードを基にした加点方式」であると勝手に決め付けていました。
また、ネクストでは、OBから「ここをどう直したほうがよい」という指導や、「この答案は何点」といった指摘はほとんどありません。当時私は、「これでは自分の進歩の度合いが分からない」と悩み、5月からX社の通信添削に取り組みました。さらに、8月以降、Z社の最終集中特訓も申し込み、自分の解答を点数で評価してもらいました。加えて、受験予備校の模擬試験も出来る限り受け、取り組む事例の数を増やしました。
このほか、この年は事例4対策として、過去問や模試等の事例4を教材として1日1題は必ず解き、財務の計算問題も毎日30分以上は取り組みました。

5.3 体調管理に失敗、試験場で何もできない自分がいた二次試験
言い遅れましたが、受験2年目は一次試験をパスして二次試験に専念しました。その二次試験は万全の状態で望もうと、試験1週間前から夜12時に就寝しました。睡眠を十分にとり、頭がすっきりした状態で受験したいと思ったのです。しかし、これも災いしました。慣れないことをしたために、試験前日の夜に頭が冴えて寝むれず、寝不足のまま試験に望むという最悪の状況を招いたのです。この年は体調管理に失敗したことも不合格に影響したと思います。
そして、試験当日、事例1、事例2の難しさを前に「何もできない自分」がいました。さらに、事例3では一次知識として知っておくべき「VE」の意味がわからず、C評価をとる大事故を起こしました。最後の事例4でも疲労困憊のためか、計算問題を1問も正解できず、計算結果の端数処理の記述が事例本文の最後に書いてあることにも気づきませんでした。私は「今年合格するには、事例1から3は他の受験生と同じような点をキープし、事例4の計算問題を可能な限り正解させるしかない」と考えていたので、この年も敗北感一杯でリバティタワーを後にしたのです。
この年の成績はBBCBでした。単純な比較はできないものの、評価ランクでは1年目よりも悪い成績でした。

5.4 反省に基づき、不合格体験記を作成
ただ、前年よりも進歩したことは、立ち直りが早かったことです。試験後のネクスト勉強会の打ち上げの場に向かう時から「不足していたもの」を考え始めました。その時に思いついたのが「ロジカルにものごとを考えていなかった」ことです。この思い付きもあって、打ち上げの場であるOBが「今年も同じことが問われていた」と言われたのを聞き、「自分には問われていたことがさっぱり分からなかった」と落ち込みましたが、別のOBが「何度も受験し、合格できないのなら、今までのやり方が悪いのだから、やり方を変えなければならない」と言われたのを聞き、「ロジカルに考えるように自分を変えればよい。もう一度、一から勉強をし直そう」と考えることができました。そして、その場で、翌年の受験を考え始めました。
試験終了後に考えたもう一つの結論は、「自分を見失わない確固たる解法を確立する必要がある。また、作問者は試験の絶対的支配者だから、作問者が想定する解答を見抜く必要がある」ということです。これらの反省を2010年度「不合格体験記」に書き、受験3年目に取り組むことを決意しました。

6.受験3年目(平成23年度)

6.1 試験合格のための全体計画を作成
受験3年目は、今後1年間受験勉強をする上での制約条件と、その下での大まかな計画から考えました。まず、制約条件は以下の通りです。
①22年度に一次を受験していないため、一次を再受験する必要がある。
②まとまった勉強時間が土日、祝祭日はとれない。これは、娘が再来年中学受験本番を迎えるので、休みの日は娘の勉強を優先し、その勉強を私が教えようと考えていたからです。結果として、どねくには参加できません。
③今年だめなら、ねくすと勉強会は退会する。再来年は娘の受験を優先するためです。これは、制約条件ではなく、決意かもしれません。
以上の制約条件から以下のような大まかな計画を考えました。
①2月までは一次試験、二次試験と共に簿記2級も勉強する。これは、事例4のあまりの出来の悪さから、22年度試験で不合格が確定した時は事例4対策として行おうと決めていました。
②一次試験は、単に合格点を取るだけでなく、基礎からしっかり勉強する。これは、「一次を通らずして、二次試験はない」ことと、22年度事例3で「VE」が分からず起こした大事故を繰り返さないためです。そのために、Z社の「一次・二次上級者コース」を12月に申し込みました。一次試験終了までの学習は、このコースと、すいねく一次組の年間予定を中心に組み立てました。
③二次試験の学習は一次試験終了まで最低限にとどめる。その最低限の範囲は、事例の感触を忘れないこと、一次試験終了までに80分の解法手順を作成すること、二次試験を解くための一次知識を習得すること、です。

6.2 受験暦3年目の計画のチェックと実績
この間の実績は、以下の通りです。
①簿記2級を2月に受験し、合格しました。この勉強のおかげで、一次の財務・会計、二次の事例4は自信がつきました。
②一次試験はテキストから読み直し、過去問5年分を2から3回転させました。また、Z社のWeb講座を録音し、内容を空で言えるほど、通勤時に何度も聞きました。すいねくは、一次組みとして参加し、問題、解答を皆に説明することで理解を深めました。議事録は、「義務として作成するだけでは時間が勿体ない」と考え、使うことのできる知識として身につけることを意識して、講師として解説するつもりで作成しました。
③二次試験80分の解法は、「受験生最後の日」シリーズや、企業診断の関連記事を何度も読み、納得したものを取り入れました。また、ねくすと流の方向性や、受託調査で会った中小企業庁等の担当者や中小企業の経営者のイメージを参考にして、作問者の意図を汲んで解答する方法を考えました。
④二次対策は、事例の感触を忘れないために、すいねくの二次組みが扱う毎週の事例を自主的に解きました。並行して、一次知識を使って解答する練習として、毎週解いた事例の口述試験想定問答集に取り組みました。
⑤その他としては、日経新聞「春秋」の要約を週2回、短時間で一定量の文章の要点をまとめる訓練として行いました。また、就寝前に事例4関連の計算問題を30分以上毎日行いました。疲労困憊した状態でも、事例4の計算問題を正解するためです。

6.3 受験暦3年目の学習の振り返り
今振り返ると、23年度は一次試験の勉強が中心でした。22年度と異なり、解いた事例の数はとても少ないものでした。ただ、振り返りや反省を重視し、記録しました。その記録を基に「ファイナル・ペーパー」モドキを作りました。「すいねく」での議論も、自分の考えを述べるより、他の受験生の考え方を掴むことを意識しました。また、SSMはベスト答案を作成する実力がない私にとっては敷居が高く、お願いしませんでした。
この年、二次試験対策として意識したのは、事例の社長の要望を必ず確認し、事例企業の方向性や課題の設定、対策の立案、助言に取り入れることです。昨年、あるOBが「事例を考える上で、方向性の話と共にもう一つ重要なものがある。それはテーマだ」とねくすと流の方向性を説明される中で言われました。私も、事例を考える際は、作問者の想定した事例のテーマが重要だと思い始めたからです。社長の要望は、作問者が事例のテーマを示すヒントとして書いたものだと思います。
もう一つ、この年の変化は、ふとした時に、合格者や受験予備校の先生たちが言う診断士試験の特徴や対処方法が実感できるようになったことです。これは、合格者が「悟り」というものに近いものかもしれません。診断士試験が、診断士というコミュニティに参加する資格を判断するものと考える時、診断士と同じ価値観を持っていることは重要です。その価値観とは、先に挙げた実感の部分が増えていくことによって近づくのではないかと思います。
ただ、正直に言うと、前年よりは進歩したとはいえ、「絶対、診断士試験に合格する」と言いきれるまで、心・技・体が充実したわけではありません。ベスト答案はできていません。作問者の意図が分かったと思った本試験の事例は1事例もありませんでした。そうしたこともあって、姑息ながら「迷った時、困った時にどうする」という対策も準備して試験に臨みました。しかし、その程度の段階でも、診断士の二次試験は相対比較の試験なので、運が味方してくれると合格できるようです。

7.受験3年目(平成23年度試験)

7.1 試験前1週間、平常心とポジティブシンキング
試験1週間前は、いつもと同じように午前1時頃就寝し、午前6時に起床する生活を続けました。静養しすぎて、試験前夜に寝付けず、睡眠不足で試験に臨んだ昨年の失敗を繰り返したくなかったからです。この年は、「平常心で受験する」と決めていました。この努力の結果、試験前日は落ち着いて就寝できました。
もう一つ工夫したことは、試験前の1週間から「自分は運が良い。今年は合格できる」と言い聞かせ、周囲で起こることは何でも、良いほうに取るように気を配ったことです。これは、「解答で同じ内容を書いた場合に、最終的に1点を競う際の決め手になるのは、解答者の前向きさではないか」と思ったからです。「解答には、解答者の気持ちが知らず、知らずのうちに現れる」と考えました。
今思うと、受験のアドバイスで、私が一番お勧めできることは、このポジティブシンキングです。診断士試験に合格し、診断士というコミュニティに仲間として受け入れられるには、ポジティブシンキングが必要だと思います。この考えは、22年度試験に失敗した時から、「自分と合格者は何が違うのか」と考え続ける中で、あるOBのことを思い出して出てきました。ねくすと勉強会は、こうした「人を見て学ぶこともできる」という意味での人材も豊富です。

7.2 試験当日朝
試験当日、家を早めに出て、試験会場には9時10分頃に着きました。席を確認して、S社の講座をMP3プレーヤーで聞いていました。作成していたファイナルペーパーは電車の中で読み終わっていたため、目を疲れさせることを避ける意味でも、読み直しませんでした。今回は、試験直前にあせって、あれこれ、じたばたするのを止めて自然体、平常心で試験を受けることに努めました。

7.3 事例1
事例1は医療品メーカーの事例でした。設問、事例本文を読み、「例年通り、解答に根拠がない設問が多い」と感じました。あわてず、まず事例のテーマを「成功に安住せず、チャレンジ精神を保つこと」に決定し、事例企業の方向性は「成長を継続するために現社長の関連多角化路線をさらに進める。現社長が高齢のはずなので、チャレンジ精神を引き継ぐ後継者の育成が重要」と決めました。そして、与件文から根拠と、根拠を基に言うことができることを考え、作問者が想定したであろう社長目線での解答として組み立てました。
ただ、落ち着いていると思っても、ミスや抜けは起こるものです。解答用紙の回収時に、「社長が創業家一族の出身ではなく、窮状の中で能力を買われて抜擢された生え抜きの人材であった」ことに気づいたのです。「せめて10分前に気づいていれば、いくつかの設問の解答は違った内容になり、10点は余分に取ることができたのでは?」と思いました。
例年なら後悔し、落ち込むのですが、この年はポジティブシンキングで、「いつもなら、こうしたことも気づかず試験が過ぎていく。試験直後に気づいただけでも実力がアップした証拠だ」と思うようにしました。そして、「次からの試験で、考えの抜けがないか、いつもより慎重に見直すことで作問者の意図を外す可能性は低くなる。それに今気付いた自分はついている。良い時期に本試験を迎えた」と強引に良いように考えました。

7.4 事例2
事例2はメガネ屋さんの事例でした。ざっと、設問と与件文を読み、事例のテーマは「競合との対抗、そして事業継承」と設定、「競合に打ち勝つために、差別化浸透戦略をより進める」ことが事例企業の方向性と決めました。
そして、解答作成の順序を考えました。この事例は、第5問のインターナルマーケティングの記述が200字といやらしく、第4問のサービスリカバリーシステムも難解そうに思えました。そして、「この事例2は、例年よりも問題の難易度が高く、自信を持った解答は書けない。合格には、この事例をしのぎ次につなぐことが重要だ。第4、第5問を後回しにして、残る3問で確実な得点を狙おう。第4、第5問は多面的解釈から解答し、出来る限り得点を稼ごう」と考えました。
私は、はっきりとした解答を書きたがる性格です。しかし、合格のための試験対策として、「作問者の意図が分からない時は、多面的解釈をした結果を解答に盛り込もう」と決めていました。そこで、ここは悩むことなく、それを実行しました。

7.5 休憩時間
さて、休憩時間です。この休憩時間は一昨年、昨年の経験を活かして、疲労回復と気分転換に努めることを最優先しました。試験に関連したことと言えば、MP3プレーヤーでS社の試験対策講座を聞くだけでした。また、「今日の事例1、2はすばらしい出来ではないが、絶望的な大事故はまだ起こしてはいない。この調子で事例3もこなせば、勉強を重ねてきた事例4で勝負になる。今日の自分は試験に受かるべく、大変ついている」とここでも強引にポジティブシンキングに努めました。
そして、もう一つ、気分転換として、会場から外に出て、近くのコンビニでアイスクリームを購入し、糖分補給をしました。

7.6 事例3
事例3はオフィス家具メーカーの事例です。受注と見込みの両生産の違いや、生産計画を円滑に進める方策などが問われていました。昔実務として行っていたCAD/CAMが出題されていたこともあって、落ち着いて取り組めました。企業の方向性は、「更なる発展のために受注生産、見込み生産をうまく使い分ける。そのために生産計画面の見直し、改良を行う」としました。
解答の検討を始めると、生産計画についての設問である第2問が配点20点で200字と文字数のわりに得点が低いことに気付きました。しかも、与件文に根拠が求めにくく、作問者の意図が分かりません。こうした場合、経験上80分で満足のいく解答を考えることはできません。私は、試験対策として「自信が持てない問題では勝負しない」と予め決めていたので、この第2問は後回しにしました。そして、最後に、事例2と同じように、「自信がない問題の解答は出来る限り、多面的解釈をして、一次知識で説明できることを解答に盛り込む」という対応を行いました。
こうして事例3まで終了し、「今年はここまで致命的な大事故は起こしていないと思う。ここまでたどり着けた今日の自分はついている。後は、事例4で計算問題を正解させれば合格の道は開けてくる」と再度ポジティブシンキングに努めました。

7.7 事例4
最後の事例4です。設問と与件文を一通り読むと「今年は問題が軟化したので、解く順番を神経質に考える必要はない。時間配分もさほど気にせずともよい」と感じました。また、「第1問の経営分析で解決策を求めており、第2問以下は独立した問題である。その点からも、解く順番は関係が薄い」と考えました。そのため、指標の数値計算と、指摘する指標の候補3つに当たりをつけてから、第2問以下を解答し、その結果を多少は参考にして第1問を解答しました。
この年の事例4の問題は、ここ数年と比較すると易しく、「計算問題は全問正解の出来た感」がありました。しかし、「他の受験生も出来たならば、事例4で差はつかない。事例1から3までの出来、不出来が合否を分ける」と試験終了後に一抹の不安を覚えました。事例1から3は「大事故を起こしていない」とはいえ、「解答はこれしかない」と自信の持てるものでもなかったからです。試験会場からの帰り道に、ねくすと勉強会の某氏に出会い、「今年の事例4は簡単だった」と言われて、不安がより強くなりました。
とはいえ、この事例4で試験は終了しました。総じてみると、過去2回の試験とは違い、不測の事態にもうまく対応できたように思います。何よりも、この年は、試験終了直後に不合格を確信して、深い敗北感に襲われることがありませんでした。試験終了後の疲労度も少なかったように思います。

8.12月9日合格発表

8.1 発表
12月9日、ウェブで確認すると、合格者の中に私の受験番号がありました。合格番号を発見すると「飛び上がりたくなるほどうれしい。叫びたくなる」という方もいます。しかし、私は受験期間が長かったこともあり、「やっと次の段階に進むことができる」という安堵感のほうが、うれしさよりも大きかったように思います。この合格は私よりも、迷惑をかけていた家族のほうが喜びました。

8.2 口述試験とねくすとに感謝
二次筆記試験の発表後、口述試験の勉強として想定問答集を解いてみると、昨年までならば「何を答えてよいか、分からないものが多かった」想定問題に、「このような切り口で、このような解答をすればよい」という答えが浮かんできます。これは、「今年1年、基礎からやり直そう」と一次試験の勉強に励んできた成果だと思います。「一次の勉強もしっかりやっておいたほうが良い」とあるOBに何度も言われていた意味が「やっと分かった」気がしました。
ここまで、一次知識の習熟度を高めることができたのは、ねくすと勉強会で定期的に勉強を積み重ねてきた結果です。
「心・技・体の充実に努め、自分に勝つ」。決してこれを極めた結果として、合格したとは言えないものの、「少しは努力して成長した結果が運を呼び寄せ、合格することが出来たのではないか」というのが今の実感です。この貴重な経験をさせてくれた、診断士試験とねくすと勉強会には感謝、感謝です。

以上

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