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1.はじめに

はじめに妻と子供たちに感謝します。なにより勉強と仕事で家を空けることが多かった私に対し、いつも「いいよ」と笑顔で送り出してくれた妻に感謝いたします。子供たちも、父親が土日も連休も家にいないことが多く、何かしら思うところもあったと思いますが、お母さんに協力して正しく育ってくれています。診断士に挑戦することで、人生のある大切な時間を犠牲にしてきたことに内心複雑な思いですが、勉強に集中できたのは平穏な家庭のおかげでした。

この合格体験記は長文です。ですが、ねくすと勉強会を始めとした中小企業診断士受験生の糧に少しでもなればと思い、自分がやったことを書きました。何か参考になることがあればと思います。

2.受験歴

1)診断士を知った時

私が中小企業診断士を知ったのは、2004年のことです。泊まり出張で同行した上司から、夜の食事の席で、中小企業診断士を取得したことを伝えられました(今思うに養成で取られたかと思います)。その後、興味を持ち診断士のことを調べてみたところ、企業に勤める者にとって必要な知識を全て網羅した資格であると感じ、いつか取得しようと思いました。
というのも、このころ30代半ばではありましたが、問題集などを見てとても自分で勉強して取得できるとは思えず、会社生活の中で実体験を増やした上での挑戦しようと思っておりました。40代での取得を目標としておりました。
私は子供のころから空手をやっており、現在は道場にかよっていませんが自分で稽古しております。その根底には「強い人間になりたい」という気持ちがありました。肉体的な強さと精神的な強さを求めてきましたが、社会人になって「社会人としての強さ」が必要であるとも考えておりました。中小企業診断士はそのための手段だとも考えておりました。

2)平成25年(2013年)

このころ海外出張が多かったのですが、海外出張の終わりが見えてきたころに先行きの見通しが見えず、また40代であることからそろそろ診断士に挑戦しようと思い立ちました。4月頃です。
GW前に某予備校に申込みました。1次試験がある8月までのほとんどが海外出張だったため、通信と通学の両方のコースで翌年の平成26年(2014年)合格コースを申込みました。情報、法務、経済の3課目合格を目標としておりました。
このころの私の勉強は、とりあえず3課目の通信授業を毎日見てこなすことでした。海外(東南アジア)のホテルで勉強するのですが、無線LANの通信環境が悪く通路側でないと安定しないため、通路側にソファを持って行って聞いていたことを覚えております。とにかく朝と夜はそれぞれ1単元以上見ようと決めて見るのですが、夜はとにかく眠くて睡眠学習状態でした。
ネット授業を見た後はひたすら過去問に取組みました。平成20年~24年の5年分を5回転くらいやりました。ただし、後半は深く理解せず答だけわかっていて回答していたと思います。
8月に受験し、結果は情報のみ合格でした。この年は情報が簡単で経済学がひどく難しかった年です。会場の雰囲気を知るため7課目すべて受験しました。場所は五反田でしたが、思った以上に人が多く驚きました。そういう意味では「俺の本番は来年だ」という余裕がありました。

8月受験後は残りの授業の通学を始めました。このころ同じ教室にいたメンバー数名とは仲良くなり、今でも付き合いが続いております。企業経営理論などはボンヤリ知ってたことですが、あらためて授業として聞き、とても新鮮で楽しく勉強をすることができました。ただ、家では不安感などから朝早く目が覚める時が多くなりました。とにかく1日3時間は勉強しないといけないという思い込みがありました。このころの勉強は朝3時頃に起きて1~2時間ほど勉強して少し睡眠、出社の電車内、昼休みに勉強、帰宅して1~2時間勉強して10時~11時くらいに寝るというサイクルでした。夜は疲れて集中できなかったため、朝に勉強時間を確保するようにしました。

3)平成26年(2014年)

上記のような勉強をつづけるとともに、勉強仲間との集合勉強も行い始めました。特に企業経営理論は正解の解釈が分からない場合が多く、週一くらいで集まり議論をしました(ねくすとと同じです)。このころは勉強仲間から様々な情報を聞いて自分自身の勉強時間の短さや、出遅れ感を感じておりました。実際、予備校の模試も中の上程度であったと思います。また、仲間の何人かは2次試験の準備も始めておりました。
私は常に時間の余裕の無さを感じていたため様々なテキストに手を出さず、予備校のテキスト一本で勉強しました。練習問題を解いたときに「勉強したことは覚えているけども、答を忘れている・・・」ということがたびたびあり、愕然としたことがあります。一次試験は「広く浅く平均60点」取る事だと思い、特に直前期は基本テキストを何度も「高速で」読み直しました。何回か「音読」も行いました(1課目1冊の音読がまる1日くらいかかりました)。
劣等感を感じながら8月の1次試験の日を迎えました。

2度目の1次試験は早稲田でした。大嵐だったことを覚えています。試験会場では様々な参考書を読んでいる人が周りに居て、内心プレッシャーを感じていました。私の予備校のテキストを読んでいる人は見かけなかったと思います。2日目は「情報」が免除だったので、時間的に少し余裕がありました。

試験が終わり自己採点をしたところ、財務と法務以外は60点を超えていました。特に経済学は易化していたため80点台だったと思います。法務はこの年は「20問」しかなく(実は自己採点時に気づきました)1問5点になっており、40点ギリギリで焦りました。結果、合格することができました。

2次試験の準備ですが、2~3月頃に受けた予備校のベーシック講座は受講して比較的良い評価だったため、心の底で「もしかしたら2次も行けるかも」という思いがありました。2次試験が分かってきてからベーシック講座の問題を見たら、あまりにも解答しやすい設問で苦笑いした記憶があります。1次試験合格後、2次試験は予備校のアドバンス講座を受けました。予備校の事例問題を解き先生に採点してもらうことの繰り返しです。正直言ってアドバンス講座を受け終わった時点でも私の解答は「他の受験生と差別化しようしている尖った解答」のままだったと思います。それでも試験前日に近隣のホテルに宿泊する意気込みは出して、試験を受けました。この時の印象は「事例ⅠとⅢはまあまあ、事例Ⅱはデシルの解釈間違い、事例Ⅳは足キリか!」という感じで、どんよりしていました。受験仲間の感想を聞くことが苦痛でした。
2次筆記の合否が届くまでは、全く勉強していませんでした。結果はCCAAのBで不合格でした。事例ⅣのAは自分にとって2次試験のなんたるかを思い知らされる結果でした。なにしろ最後の問題は空欄で出していました。ただし、計算問題も文章で補足するなど、わからないなりに「気持ち」を込めたつもりでした。後日開示請求をしたところ、事例ⅣのAは「60点」でした。

4)平成27年(2015年)

勉強方法についてよくわからないまま、翌年を迎えました。2月頃から予備校の2次試験講座を受けました。予備校の2次勉強方法は上述したように事例問題を解いた後に先生の解説を聞く、後日採点された解答をもらう、というスタイルです。きちんと復習できれば効果的なのですが私は復習が不十分な場合が多く、自分の何を改良すれば良いのかわからないまま単元が進んでいく、という感覚でした。周りが良い評価を受けている中、「もう少し事例一つ一つにじっくり取り組みたい」という思いをもっていました。4月くらいから予備校でであった友達と問題を解いてもちより、内容を議論するという勉強方法を始めました。優秀な友人だったので、この勉強方法は(私にとって)大変良かったと思います。ねくすとの勉強方法を2人で行っているようなものでしたが、型が無かったので2人で模範解答を時々見ながら突っ込みあいをしていました。

1次試験は受験しなくても2次試験は受験できましたが、1次試験を保険で受験することにしていました。1次試験の勉強は6月くらいから2次を中止して少しずつ始めました。全部合格しなくても良いと考えていたため、前年と同様に基本テキストを何度も読み直すレベルの勉強しかしませんでした。しかし、逆に基本の知識定着だけはしっかりと行ったつもりです。1年前に行ったことなので、ベースは出来ていたと思います。
1次試験当日は非常にリラックスしていました。1日目は特に財務が簡単だったため、内心「これは合格できるかもしれない・・・」と思い、2日目に挑みました。中小だけは前年のテキストを直前のお昼休みに読み返す程度しかしませんでした。結果は、法務と中小が40点台でしたが、他は60点を超え自己採点421点で合格でした。

2次試験にあたり、予備校はやめて一般の勉強会を探してみたところ「ねくすと」に出会いました。8月です。なにより「NEXT」というポジティブな名前が気に入りました。優しく迎え入れていただきましたが、勉強では叩かれて悔しい思いをしました。「与件に書いてありますか?」「そんなことは問われていない」「因果がつながっていない」といった、仲間の言葉やOBのチェックに対してなんとか一矢報いたいという気持ちが強くなりました。自分の心の凸凹が叩かれて丸くなっていくことがわかりました。どのようなことを書けば良いかこのプロセスの中で理解が深まるのを感じていました。このころ友人と勉強会を行った時に「解答が変わった」と驚かれたことを覚えています。「どねくなくして合格なし」の言葉通り、水曜日だけではなく土曜日の終日の勉強会にも参加しました。力が付いたのは「シルバーウィークスペシャル」と「体育の日スペシャル(別名:最後まであきらめないぞ下位8デシル)」です。連休のほぼ全日程(3~5日)の毎日、試験と同じ時間割で80分4事例解きを行い、17時以降から21時頃まで解答の議論を行います。本当に疲れましたが、充実感でいっぱいでした。

2次試験に向けてありとあらゆることをやろうと、勉強もさることながら、昨年はやっていなかったファイナルペーパー作りと会場の下見を行いました。ファイナルペーパーは前日からの行動計画を作成しました(前会長の体験記を参考にしました)。会場下見では試験日と同じ時間に家を出て移動経路を確認しました。武蔵野大学でしたが、建屋の中に入ることができたので教室の椅子に座るところまで確認しました。

試験当日は会場に私のSSM(2次の個別指導)を行っていただいた14OBに応援に来ていただき非常にうれしかったです(これもねくすとの伝統とのこと)。
私の席は窓側の列の前から2番目でした。前にはいかにもベテランそうな人が2人ほど。ファイナルペーパーには直前に頭にいれておいたほうが良さそうなことも記入しておいたので、試験前の時間はテキストを見ませんでした。トイレに行くときもファイナルペーパーを見ながら順番を待っていました。
決めておいたルーチンを行い試験開始。事例Ⅰはややあせりを感じ、体感的にはB判定でした。事例Ⅱはそれなりに書けた気がしたので、体感的にはA判定でした。午後の事例Ⅲは多くの方と同じように回答の切り分けが難しく時間がかかりだいぶ焦りました。最後はだいぶ書き殴ってしまい、体感的にはB判定でした。最後の事例Ⅳは苦手な課目でしたが、昨年A判定をもらった経験から「とにかく解答はすべて書く!」という意気込みだけで挑みました。決して自信がある解答ではありませんでしたが意気込み通りにすべての解答に何か書き、体感的にはAでした。

後日、ねくすと恒例「傷口に塩を塗る会」に参加し、自身の再現答案と他メンバーの内容の見比べを行いました。私の解答は「与件に沿った、やさしく平易な文章」をモットーに書きましたので、他メンバーと見比べると幼稚な印象があり内心自信を失いそうでした。しかし試験勉強中も「ネガティブなことを言っても、なんの得にもならない」という姿勢でいた私は、合格発表があるまでの間、「絶対合格している」と自分に言い聞かせていました。

試験当日、友達から「ダメだった」というメールやサイボウズ投稿を見る中で、協会のHPで番号を確認すると自分の番号が有りました。すぐには信じられず、仕事中でしたが何度も確認しなおしました。筆記試験は結果的にBAAAで合格でした。

3.受験生の皆様へ

読んでいただいた通り、私の「ねくすと」在席期間は2カ月ほどと短いです。ですが、中小企業診断士試験の関門である2次試験(筆記試験)を乗りこえるための力をここで得ることができたと考えております。ねくすと勉強会での2次筆記試験の勉強における狙いは「気づき」です。受験生仲間の「突っ込み」やOBからの御意見に、私の中で「気づき」があり、それによって自分を変えてきたことが2次試験(筆記試験)合格の最大の要因であったと思っています。それは「自分の弱い部分を受け入れる強さ」です。このことは試験に合格するための要因であるだけでなく、診断士として成長し続けるために必要なことだと私は思っております。試験勉強を通して自分の間違いを受け入れる謙虚さと素直さを身に着けることができれば、社長に寄り添う診断士の資格に近づけると思います。

4.感謝

中小企業診断士試験の勉強の中で、多くの方に助けていただきました。
・勉強の入り口で出会えた、予備校の先生に感謝いたします。予備校の先生には親身になって対応していただきました。
いつも応援していただき、褒めていただいたことが力になりました。
・予備校で出会えた受験生仲間はほとんどが私より年下ですが、彼らの向上心には感服していました。
彼らの元気に勇気づけられていました。少なくとも勉強の前半は彼らに引き上げてもらっていたと思います。とても感謝しています。
・ねくすと勉強会OBの皆様には感謝でいっぱいです。伝統とはいえ、様々な形で助言・サポートしていただきました。
私もこの伝統を引き継いでいきたいと思います。
・ねくすと勉強会の受験生仲間にも感謝です。2カ月間しか勉強期間が無かったとは思えないくらい、充実した期間を過ごしました。
これからは皆さんにお返しをする番だと思っております。

以上