合格体験記(弥冨尚志 いやどみなおし)
Ⅰ、合格したと言う事は諦めなかった結果。
人から合格できた最大の要因は?と聞かれたら迷わず、諦めなかったから、と答えるでしょう。当たり前の事ですが、とても重要な事と私は思っています。私は平成15年からこの勉強を始めて、丸々4年を要し平成18年に合格することが出来ました。この諦めなかったと言う事は何も1年単位の話ではありません。この試験は非常に短期間で合格された方もいらっしゃいます。そういう方でも途中で諦めずに最後まで努力されたからこそ合格できたと思います。今年ダメだったから来年こそはと思う気持ちも諦めずにがんばる姿勢です。ですが、日々の努力、そして試験当日に最後まで諦めない姿勢・気持ちが大切なのだと思います。短期間で合格された方や私の様に4年要した人間も恐らく合格できた年は、この諦めずに最後まで努力できた結果だと考えています。
Ⅱ、4年も要した理由
要は不合格の理由です。合格体験や成功事例は良く目にするものです。反対に不合格や失敗の話は誰も進んで話してくれる物ではありません。もしくはその理由を判らないままでいる事もあります。私が3年間、合格できなかった理由は簡単です。諦めていたからです。
1.平成15年 初受験
この時は、勉強を始めたばかりで最初から、2年くらい要すると決め込んでいました。1年目に1次合格、2年目で2次合格と2年計画を描いていた事でした。1次の学習では難解な問題に当たっても、「まぁ、初学だしこんな問題判らなくても問題ないし、6割取れれば良いんだ」と考えていました。決して間違った考えではないと思うのですが、学習への取組み方に問題があったと思います。始めから出来ないと、いわば諦めていた事です。学習計画を立てて、その通りに進行できなくとも、仕方ない事と諦めていたのです。そのため、1次の本試験は散々な結果でした。判らない問題だらけで、もう財務が終わった段階で試験を受け続ける気力も失っていました。これではどんなに学習が進んでいても受かるはずがありません。受験機関は、今年は難易度が高かったから、きっとゲタを履かせるはずなので諦めずに2次の学習を続ける様に言われて、少しは行いましたが、ちっとも身に入りません。9月に結果が判った時も、「1年で受かる訳がない」と諦めていました。
2.平成16年 2年目
一応、2年間と決めていたので、もう1年トライしてみようと考えていました。しかし、自分の能力ではとてもこの試験、1次試験を突破することは無理だろうと思っていました。そんな折、Web で「ねくすと勉強会」と言う勉強グループがある事を知り、入ってみる事にしました。そこで改めて自分の認識の甘さを知りました。一緒に学習を進めた仲間達、受験生の豊富な知識と学習内容が深いこと。そしてものすごく勉強しているにもかかわらず、自分と同じ昨年の1次に落ちている事でした。「こんな優秀な人でも落ちたんだ。だとすると、自分はこの人達の何倍も勉強しなきゃ」ものすごい焦りを覚えました。自分のレベルの低さに恥じ入ると同時に、「とにかく勉強しよう」と言う気持ちに突き動かされました。今までの勉強のやり方もすべて変え、他の受験生やOBの方法を積極意的に取り入れました。今まで学習計画を立てても、計画倒れが多かったのであまり計画の策定など真剣に行って来ませんでした。しかし、この時ばかりは周りのレベルに追いつかないと勉強会に参加できないので勉強会のスケジュールに合わせた学習計画を立てがんばって行きました。
12月にねくすと勉強会に入って、翌年の3月に行われた模擬で600点台を取ることが出来ました。平成15年の本試験では400点がやっとだった自分にとっては、とってもうれしい結果でした。その後も受験機関の模擬を全て受け、判らない問題、知らない事等あれば貪欲に吸収しようとしました。他の受験生から「こんな問題は出ないよ」とか「こんなこと知らなくとも大丈夫」または「昨年は難し過ぎたから今年はやさしいはずさ」と言われても、「いいや違う、1問でも多く正解しなくては」と言う思いが先立ち、設問を分析をしたり、予測云々と言う事までには全然気が廻りませんでした。そして本試験では、あれだけやったのに、まだこんなに判らない、知らない問題がある。もう悔しくてたまりませんでした。でも、最後の最後まで、答案用紙が回収されるまで粘りました。そしてその年の1次試験は余裕を持って通過することが出来ました。2次試験もこの調子で行けば大丈夫と自分に言い聞かせました。事例問題も最初はチンプンカンプンでしたが、9月の後半頃には、ストーリーや方向性と言う物が判ってきたようにも思えました。そして2次試験本番。模試より判りやすい問題だと感じました。方向性さえ合っていれば何とかなる。そう思って取り組みました。しかし、どう記述して良いか、うまく書けない自分に苛立たしい気持ちで一杯になってしまいました。その時、「2次の学習は2ヶ月位しかまともにやって来ていないのだから、うまく出来なくとも仕方だが無い」と言う諦め感が先立ちました。「もう、こんなものでも良いだろう。これ以上考えても判らない、きっとそれでも何とかなるだろう」と考える様になっていました。結果は案の定、不合格でした。その証拠に、2次試験の再現答案を作ろうにも、本番で何を書いたのか再現できないのです。因果を持って考えていなかったことを痛感しました。
3.平成17年3年目
この年、1次試験は受けず2次に特化しようと決めていました。1次試験を受けるからには合格したい。でも、あの試験はそれ相応の期間の準備と勉強が必要で、試験前の1ヶ月位では全然、無理と考えていました。それなら2次に集中した方が良い。そう考え、始めから2次の教材しか学習しませんでした。1年間2次に集中すればそれなりの結果はついてくるだろうと思っていました。しかし8月も過ぎ9月に入っても、なかなか目に見えた成果が出ません。模擬などはそれなりの点数は取れても過去問が全く納得のいく解答が書けていないのです。勉強会のOBの方からも、受験校の試験と本試験は違うと何度も言われ、その旨は判っていたつもりでしたが、何度やっても核心を捉えられないまま、非常に不安な気持ちが続きました。次第に心のどこかで、「自分は事例問題に不向きな人間かもしれない」、そう思う様にもなりました。漫然とした諦め感がモチベーションを下げて行くのがわかりました。勉強仲間と事例の議論や学習には意欲的に取り組めましたが、1人になった時は、何もする気が起きません。「こんな気持ちで勉強しても良くない」と、何か気分を変える事ばかり考えていました。学習計画もそんな調子なので、一向にはかどりません。そんな時当然ポジティブな考えは出てきません。受験機関の答練や模試で良い結果が出ても「本試験は違う」、悪い結果だと「やっぱりこの程度の実力だ」と考えるか、「受験機関の模範解答には、無理がある、納得できない」「こんなロジックは誰も思いつかない」、そう思い、なかなか受け入れる事が出来ませんでした。気が付くと本試験当日、不安感と焦りだけに支配された状態で試験に臨んでいました。結果は平成16年より酷いものでした。全く歯が立ちませんでした。中味の詳細は置き、結論から言うと、問題を読む力がすっぽり抜け落ちていた(1次知識を含め)、そう言っても過言ではない状況でした。当然不合格です。流石に私も「もうムリだ。自分に能力がない。何度やっても同じ結果だ。」そう言い訳しながらこの勉強を辞める理由をどこかで探していました。
4.平成18年 4年目
ある言葉に私は胸を突かれました。「もう、これだけやった。やれる事は全部やった。これでダメならこの勉強は辞める」。勉強会の仲間の言葉でした。その彼は平成17年に1次を受けず2次に特化して合格することができました。(自分はどうだ?彼と同じような思いが吐露するか、悔いがないと言い切れるほどやってきたのだろうか)。ねくすと勉強会に入ったときと同じです。自分のレベルの低さに恥じ入りました。益々この勉強会に居続ける事が居た堪れなくなり辞めようとした矢先に「早く来年の準備に取りかかろう」と私と同じ平成17年に1次を受験せず2次不合格になった勉強会の仲間達からの誘いを受けました。及び腰だった私を見透かすかの様に、次々と勉強の課題を振ってきたので、あれこれ考える暇もなく私は反射的に勉強会のメンバーとの学習の輪に入っていました。それから、ちょうど1年後の12月8日に合格の喜びを知ることになるなんて、微塵も思っていませんでしたが。
もう一度確認します。私が合格できた理由は何でしょうか。不合格の3年間になかった努力や工夫があったのでしょうか。いや不合格の年も合格した年もいろんな努力と思いでがんばってきました。細々な理由は多々あると思います。やはり結論は諦めなかったことです。もっと言い換えれば、平成16年に1次試験を突破した時の様に無為に突き進んだことです。そして、そういう環境を与えてくれたねくすと勉強会の仲間達や指導くださったOBの方々のおかげです。そう、弱い自分が最後まで諦めずに出来たのは、間違いなくみんなのおかげであると言う事です。
Ⅲ、合格する学習計画を立てる。
では、多くの人達の支えを受けながらも、なぜ、平成18年度に不合格に陥ることなく合格に至ることができたのか。勉強会に入った時から変わらぬ支援を受けていたはずですから、問題は自分自身であることは間違いありません。なぜ、自分に纏わり付く様に有った諦め感(出来ない言い訳をする)を払拭することができたのでしょうか。一番、近い理由としてやはり多くは平成16年に1次試験に合格できた時の様な想いとそれを愚直に何とかしようとした努力ではないかと思います。あまり余計なことは考えない。いや、考えられない位に開き直る。簡単に言えば馬鹿になる事だと思います。結果が出ることを考えて学習計画を立てて、それを出来うる限り実行していくことだと思います。
1.弱い自分を素直に認め、強い自分を疑う。
平成18年は勉強仲間の誘いもあり、バタバタと1次の学習の資料を紐解き始めました。
とにかく何から手を付けて良いか考えあぐねていたのですが、何か出来ることからやろうと思い先ず自分の実力を確かめる事が必要と考えました。当たり前ですが、苦手科目は無くす。前述の内容からお判りの通り自分は今までは避けて来ました。それと、逆に得意と思っている科目も本当に結果が良いのか検証することも有効でした。苦手と言うけど、どの位苦手なのかはっきり測る必要があると思ったのです。得意と思っている科目も本当に得意なのか検証してみようと思いました。具体的にどうやったかはここでは割愛しますが、驚くほど自分の実力を把握していなかったことが判ったことでした。平成16年の1次試験の8月以降、約1年半近くのブランクが有ったとは言え苦手も得意もない総じて低レベルな状況でした。また、2次の実力に関してはある方法を用いて勉強会の仲間とFAX議論を行った結果、色んなダメ出しが出来ました。いわば自分の棚卸しを行ったのでした。でも、今までの自分だったら「3年以上勉強してこの程度か、能力ないなぁ」と諦め感に支配されていたかもしれません。しかし、なぜかこの時はすごくサバサバした気分で「じゃぁ、何から手を付けて行くか」と不思議と何も考えず学習計画を立てて行きました。
2.仕事は一生ついてくる。
やはり1次からのスタートは、以前やったとは言え物量が多いことには変わりはありません。計画策定の際、頭に思い浮かんだのは(平成17年の問題が比較的難易度が低かったから、平成18年は当然難易度が高くなる)きっと問題は難化し、前述の通り自身の実力は散々のものだから、厳しいものになるだろう、と言うことでした。8月の本試験から逆算して何を、いつ、どうやって学習すべきか計画を見積りしていくと、仕事なんかやっていられない、と叫びたくなりました。その時、以前のOBの言葉を思い出しました。「勉強の合間に生活していた」という言葉です。「そうだ、誰に当たっても、愚痴っても仕方がない。勉強を行う合間を見て効率よく仕事しよう。それしかない」・「男は一生、仕事する。勉強はもうこの1年だけにしておけば許してくれるだろう」・「仕事でヘタを打てば多くの人に迷惑かける。でも迷惑かけても他人からの信用がなくなるだけじゃないか。でも、試験に失敗すればもう自分が自分を信用しきれなくなる。それは危険だ。」いつの間にか勉強が出来ない言い訳から、勉強をするための言い訳を口にするようになりました。以前は勉強と仕事の両立を建前にして、勉強の量を割引しがちで計画している所もありました。先ずは勉強時間ありきで次にどうするか、そういうロジックで計画していきました。
3.家族を犠牲にしていると思わない
ただ、そうは言っても何かと意思の弱い自分です。また様々な日常のハプニングもあります。計画通りに進捗しないのが常です。そういった事柄を事前に見積して置く事が必要です。ここまで言うと計画にバッファを持たせる事と思われますが、逆です。いかに前倒しで行っていくかを考えました。結果的には同じですが効果は全然違います。5日間で行う予定を、いかに4日、3日の短納期化を図ることでした。今までは5日間の予定が、6日、7日と延びてしまい、計画の変更やその計画その物の中止です。すると、仕掛品の勉強だけが膨らんでいきます。いつまで経っても余裕どころか達成感もなければ焦りと苛立たしさだけが残るものでした。当然、最初から簡単に短納期化などできません。でも段々と、計画の短納期化は進捗していきました。最初はやれそうもないと思っていた問題集にも手が廻せるようになっていきました。実はやっているときは、そのことへの意識はあまりありませんでした。そういう事がちゃんと出来ていたのが確認できたのは、2次試験が終わってからでした。家内は平成17年の時は、時折 私に「今年ダメだったら辞めるの」とか「あんまり無理しないで良いよ」等の言葉を発していたことを、ふと思い出しました。そういえば今年は1回もそんな事は言わなかったなぁ、と思い、家内にそれとなく
理由を聞いてみました。「今年は絶対合格すると思っていたから」と言われ「えっ、なぜ?」と聞けば「だって今年は家のことも、色々やってくれたし。昨年は何かあってもとても頼める雰囲気じゃなかったし、実際そうだったよね」と返されました。(あぁ、そういえば平日の勉強時間を使っていろんなことやったなぁ、今年は)。気が付けば前倒しの効果おかげで家庭・家族に出来ることは出来ていたのだな、と思いました。勉強の合間に生活すると言ったOBの言葉だけを捉えれば、家族や家庭を犠牲にしているように聞こえるかもしれません。でも、それは絶対違うと思います。家族を犠牲にするような勉強のやり方は、どこかに無理があると思います。結果、自分にも好ましくない状況を作っている可能性が高いはずです。どうしても一定の勉強時間の確保は必要です。だから、あれも、これもと言う訳には行かないのが現実です。その時、勉強ができない事や家族のために時間を確保できない事を双方の責任する場合がありました。勉強が思ったように出来ないのは家庭のせいだし、家族に迷惑をかけているのは勉強のせいだし、と。
ある受験機関の講師が言っていました。「自分の戦略が決められない者が、ましてや他人の会社の戦略など決められるはずがない」と。そうだと思います。合格するためにはこの学習計画はとても重要です。計画無しでは、長い受験期間を乗り切ることはできません。
合格するための学習計画を立てる。その為には自分の状況(実力)を出来うる限り把握する。その上で自身の生活環境と照らし合わせ最適な学習計画を行う。そしてその計画を的確な方法で実行していく。今になって思えば平成18年はそれと近いことができていたのかもしれません。当たり前のことですけど、とっても困難なことです。合格できた年がそれと近いプロセスで行っていたかもしれませんが、本当に難しいことです。でも、難しい事と諦めずにやることが合格への近道なのでしょう。
Ⅳ 自分に何を望むか
私の体験記をここまで読まれた方は、がっかりされているかもしれません。きっと何か合格するための、独特の勉強方法や効果的な教材などの紹介を期待されているとしたら申し訳ありません。一般論ではなくもっと具体的なことを書けとお叱りを受けるかもしれません。しかし、今回の合格で私が知りえたことは極めてシンプルなことでしかありませんでした。諦めないで、当たり前のことを当たり前に計画立ててちゃんとやる。そんな事です。私は過去3年間、それが出来ていなかったから合格出来なかったのです。ストレート合格の方はきっと、1年間それをちゃんと出来ていた方だと思います。頭の良し悪しや単に勉強時間が確保できる環境にあったかどうかではありません。この試験はそんな単純な要素だけで合格できる試験ではないと思っています。そういう意味では結果が出るまでは例え1年間の勉強で合格した人も何年も勉強して合格した人も、辛さは一緒です。ただ、正しい学習方法でやった人がその辛い期間が短いだけなのかもしれません。だとしたら、短期間で合格することが望ましいはずです。みんなそう思うでしょう。しかし、現実には
10人中8人が落ちる試験でもあります。2人になるためには、どうすべきなのか。十分に考える必要はあると思います。その時、自分に自分が何を望んでいるのか、注意深く聞いてみることも重要です。迷いを持ったままの勉強の成果が良くないことは、ご理解頂けると思います。
あと、アドバイスめいた事になりますが、これだけは絶対留意すべきと言う点があります。それは健康面です。勉強中はもとより試験本番で実力を発揮できない状況に陥ることほど悔しいことはありません。余談ですがビタミンCを日ごろから大量に摂取されることをお勧めいたします。(私は健康面・学習面で効果がありました)
最後になりますが、この合格体験記を書く機会を私に与えてくださった数多くの皆様に
感謝の意を申し上げて筆をおきます。本当に有難うございました。
以上
