合格体験記(mamesembei)
目次
1.初めに
合格体験記を記すことが出来ることに、一緒に受験勉強してきた仲間、受験に当たり気づきを与えてくれたOB、受験勉強に向かうことで家庭での役割を押し付けたことに多少苦情を言いつつも受け入れてくれた家族に感謝します。
08年の受験で合格体験記を記すことになるとは12月5日の2次筆記試験の発表日まで夢にも思っていませんでした。発表日に自分の受験番号を見つけてもしばらくは信じられませんでした。そんな私が合格体験記を書くことで多少でもこれから受験に向かう人が今からでもやればまだ可能性があると感じて頂けたら幸いです。
またこの振り返りを自分の次のステップに向けて活かして行きたいと思います。
2.07年1次受験
受験のきっかけは、地方でのんびりと仕事をしていた人間(私)が異動により東京で勤務することとなり、初心に帰って仕事の仕組みを初歩から理解したいと感じたことでした。受験を思い立ってから日本能率協会の通信教育の申し込みを06年の12月ころに行いました。実際に届いた教材はNM社の1次用教材でした。早速勉強を開始したものの範囲が広く、教材をただ眺めても頭の中に残らず、あきらめてL社の速習講座(DVD)の通信を申し込んだのは07年2月頃でした。が、実際の勉強に取り掛かったは5月のゴールデンウィークのあたりからでした。
8月に1次試験を受験したもののそもそも勉強量が足りないから合格はしないのは当然のことでした。また企業経営、運営管理、財務、経営情報と主に2次受験の基礎となる科目を中途半端な学習で合格したため翌年の2次の受験で苦労することとなりました。しかし、この時期は訳もわからず、次年度の受験科目が減ったことを単純に喜んでいたのです。このことは翌年の2次受験本番まで尾を引きました。
07年8月までの勉強方法は、インプットではDVDの利用、アウトプットではT社の問題集の利用でした。DVDはICレコーダーに録音し通勤途上で耳から入れる方法で行いました。しかし耳からのみでは情報を記憶に定着させるのは難しく、なるべくテキストが開けるよう早目の時間に出て電車がすこしでもすいている時間帯を選んで通勤しました。基本的にはアウトプットを重視していたのでDVD教材を1,2回まわしその後は問題集へ切り替えました。当時の学習時間・場所は、平日では通勤時間で1.5時間、休日の勉強は図書館で環境を変え4~5時間行っていました。
- よかった点:通勤等スキマ時間の活用を図れた点。図書館利用による環境の確保で学習に集中できた点。
- 悪かった点:学習の取り組みに計画性がなかった点。学習への取り組みに真剣味が足りなく平日は通勤以外の勉強時間の確保をしなかった点。
3.08年1次受験
1次試験で残った科目は経済、法律、中小の3科目でした。いずれも本試験で確実に合格するためには70点を取れるレベルに到達しなければ安心できないというのはかなりのプレッシャーとなりました。
特に経済は過去にかじった経験がなく合格点を確保するためにどのように取り組んだらいいのか悩んでいました。頼みのL社速習講座は収録時間も短く、経済のさわりだけの講習だったので、ボリューム・質ともに、聞き込む学習だけでは合格レベルに到達できないと思いました。また問題集を活用した中途半端な学習方法は経済のように幅、深さともにある科目ではどこの部分を問われているのか理解できず、返って時間がかかる恐れがありました。
07年1次敗退後08年受験に向け再び動き始めたのは07年11月のねくすとの1次組みの臨時会員募集に申し込んでからでした。ねくすとについては、ネット上で中小企業診断士受験の勉強会があるという程度の知識しかありませんでした。臨時会員はあくまでも1次受験のための募集でしたので12月の募集で本会員となるまでは、すいねく・どねくともに1次の過去問の学習が中心となりました。過去問の正誤の解答だけではなくなぜその解答を導いたかを説明することは「なんとなくこの選択肢が正解だろうというレベル」から数段上の理解を求められる勉強方法でした。勉強会は基本的には過去問を使ったアウトプットの学習ですが、予習には勉強会の時間以上にインプットの学習時間が要求されるものでした。11月中旬から12月一杯までの約1.5ヶ月は1次の過去問漬けでした。
本会員になったあと、1月からの勉強は、すいねくでは2次、どねくでは1次の勉強と分けました。本会員になる前は、1次の学習に限定していたので、2次の学習も出来るということで期待感をかなり持っていました。
2次の勉強は、日曜の夜から課題の過去問にとりかかりすいねくに参加をもって2次の学習を切り上げていました。1次の勉強は木曜日から取り掛かり、どねくに参加し、議事録、復習等で日曜の午後までかかるというパターンでした。しかし1次の本試験までの1次:2次の学習に向ける比重は8:2ぐらいでかなり1次の学習の比重が高い状況でした。
そのような訳ですから、08年の1次受験にむけた学習の中心はどねくで、どねくが軸となっていました。
・経済の取り組み
重点を置いて取り組んだ科目は当時のメンバーの共通の課題である経済でした。経済はどねくの一こまに予復習をからめた学習を行っていました。私は、どねくの経済では議事録を定番で書いていましたが、全体を捉えて書くことがかなりヘタで、自分の分からないところだけを書くかなり自己中心的なものでした。おそらく一緒に勉強していた他のメンバーの役にたたない代物だったろうと反省しています。議事録を書くことはねくすとの勉強のなかで解答の説明をするのと同様に、文書化の作業のなかで言葉の意味を調べたりすることでいい復習になっていたと思います。
教材は以下のものを利用していました。
どねくのメンバーと共通で利用したものはスピテキ、スピ問、過去問でした。
過去問集はT社とO社のもの利用しました。特にO社の問題集は問題と解答が同じページにあり、関連する内容や気付いた点等を書き込むことでサブノートとして利用していました。また古い年度については協会から正答の発表がなく問題によってはT社O社で解答が割れていたものもありました。
また5月頃からはあえて他社の問題集や公務員試験用の問題集にも手を広げてみました。分かっていると思っている問題でも問われ方が異なると正答にたどり着けないということがありその補正用に利用しました。ただし、チェック程度にし深入りはしない方が賢明だと思います。
・法務の取り組み
法務は2月からどねくの中で学習をスタートさせました。法務は結果として08年1次受験科目中唯一6割をきった科目でした。勉強方法は経済と同様に過去問、スピ問を中心としたものでしたが、学習量は経済に遠く及ばないものでした。反省点は学習量の絶対時間の不足でした。
・中小の取り組み
中小は5月のゴールデンウィークスペシャルからの取り組みでした。法務以上に最初の取り組みが遅く、試験直前に一番不安を感じていたのが中小でした。繰り返し問われる政策がある一方で、新たな政策の範囲も広く問われる点がどこか絞りにくいことでした。適当な教材が無い中、模試は有効な教材となりました。
・模擬試験の取り組み
6月からは模擬試験を中心としたスケジュールになりました。予備校の模試は会場、通信含め5、6箇所分受験したり集めたりしました。模擬試験の活用方法は本試験での時間配分、場慣れはもちろんのこと、試験までの2ヶ月で集中して取り組むべき科目とそうでない科目のメリハリをつけることと、特に適当な教材がない中小、法務の受験用教材とすることでした。法務、中小の学習では問題用紙に正解肢に印をつけることと間違肢に理由を記入することで通勤時に弱点補強に活用しました。特に政策の勉強では本試験で結果を出すことにつながったと感じています。
試験結果から、私が本試験までの間に取り組む優先順位は①中小、②法務、③経済となりました。模試以降はその順番で取り組む時間を配分しました。この時期は模試への参加とそれぞれかかえている課題がちがうことからメンバーの間でもすれ違いが増え、どねくでのグループ学習は減り自習が多くなっていきました。それでもどねくには出席して勉強時間の確保、モチベーションの維持に活用しました。また金曜日に同じ科目を受験する仲間と合流し、きんねくと称して苦手科目の学習をしていました。
- よかった点:グループ学習で中だるみすることなくモチベーションを維持できた点。模試を複数受験により、本番に向け場慣れできたこと、各校の模試を比較することでポイントをしぼれたこと、教材として活用したこと等、多面的に活用できた点。
- 悪かった点:経済に必要以上に不安を感じていたため他の科目との間で時間配分が悪くなってしまった点
・1次試験本番
1次試験直前の7月31日は午後休、8月1日は休暇と1.5日の休暇をとって試験モードに切り替えていきました。とくに1日はどねくのメンバーで会場を確保していたのでそこで自習をしました。なれた環境で前日に丸一日自習が出来、落ち着いた状況で試験当日を迎えることができました。
1次試験直後は経済ではある程度手ごたえを感じたものの、法務、中小の手ごたえは今ひとつでした。結果として2択まで落とし込んで神様が降りてくるのを祈るという状況になってしまいました。
協会からの正答の発表で3科目平均は70点台でしたが、過程は決して満足のいくものではありませんでした。まだまだ反省点ありという状況でした。
4.08年2次受験
・2次の学習開始
2次受験の学習は1月のすいねくに参加することから始まりました。受験支援機関の受講も並行して行うことも考えていましたが、1次学習が思いのほか負担となっており当面すいねくに絞った学習としました。すいねくに参加するもののメンバーのレベルは高く、議論に参加するというよりはまず何を解答として書くべきなのかというところからの参加になりました。OBから方向性の話をこの時期に聞いたので解答作成時に一貫性を持つことは意識しましたが、学習は受験支援機関の模範解答の丸写しに近かいものでした。そのころの勉強はもっぱらネット上で集めた受験支援機関の解答や市販の解答集の写経や比較を中心に行っていました。比較とはいってもどの社の模範解答が自分の感覚にしっくりくるかという程度のものでした。
5月に行われたT社の2次模試の結果について期待はしていなかったものの975人中621番という惨憺たるものでした。その当時の課題は切り口や一次知識の不足でそれは結果として本試験まで引きずってしまうことになりました。
その後6、7月は1次受験のためしばらく休止せざるを得ませんでした。
・2次の学習再開
2次の学習を再開したのは、1次試験直後からです。学習再開にあたっては1次で作ったピークを落とさずそのまま維持することを意識しました。自分ではうまく2次の学習へ移行できたと感じています。しかし第1回目のすいねくで壁にぶち当たってしまいました。19年の事例Ⅰの解答を作成しようとしたのですが指定のマス目を自分の言葉でうめることができませんでした。
そこで、受験支援機関を利用することに決めました。80分で作成した解答をその場で添削してくれるということと多くの事例を解けるということからM社のオプション講座に通うこととしました。
M社のオプション講座は、毎週日曜日8月10日から9月21日までの計7回(うち2回は模試)の全21事例を解くというものでした。その他に2社の模試を8月に受験し、ねくすとの予習がまったく出来なくなりました。すいねく、どねくとも本試験まで参加できませんでした。
M社での講座を受講して解答作成には大分なれましたが、相変わらず切り口、1次知識の不足は否めず添削、模擬試験含めて最高点は60点1回限りでした。ただしM社の切り口を多用する模範解答には馴染めず、ねくすとでの一貫性を意識した解答を作成しました。事例の解答にあたり設問間で矛盾した解答は作成しないことを心がけていました。
並行してL社の通信も受講しましたが、こちらは解答提出には至らず、解説をネットからICレコーダーに落として通勤時間に聞きました。またL社のネット上の無料コンテンツは利用しました。
模試の場は本番の環境を体験できる貴重な場なのでいろいろ試してみました。与件文を真ん中から2つに割く、ホッチキスをはずす、ラインマーカーを使用する、シャーペンだけ使用する、HBから2Bまで濃さをかえる、キーワードを全て抜き出す、等毎回やり方を変え、いいと思えることは試してみました。
M社のオプション講座が終わった9月後半から10月の本番までの1ヶ月は模試の見直しと1次知識の整理に費やしました。A社の1次知識のオプション講座に参加したのもこの時期でした。引き出しを増やし、解答に深みを増すということを心がけました。あわせて財務対策として19年から13年まで事例Ⅳを2回まわしました。
1次知識の不足にかなり危機感を感じていましたが、502のブログの中に2人の合格者が同じことを書いていました。それは解答にあたって「新たな知識を持ち出す前に与件文、問題文に解答に使えるものがないかよく見ること」とありました。それを最後の拠り所にしました。
・2次試験本番
10月19日の試験会場は田町でした。試験当日、事例Ⅰは生産事例に近いものを感じましたが、人事組織を意識した解答が出来たと思いました。しかし良く出来たと感じたのはそこまでで、事例Ⅱ以降は惨澹たるものでした。
事例Ⅱではある設問で解答が書けず、問題文の裏返しで解答を作成してしまい、事例Ⅲは海外へ行くべし的な解答を作成し、事例Ⅳでは第2問以降で時間を費やし得点すべき第1問の時間が不足し殴り書き状態ということで最後はすっかり今回の不合格を確信してしまいました。
・2次試験以後
自分の中ではある種の割り切りができていました。そのなか、この時期行われる2次試験の解説会や口述試験の無料講座には次回のためと考えできるだけ参加しました。多分、8月から2次試験に向けて集中してきたことの惰性的な行動だったと思います。
合格発表はネットで自分の受験番号があることを確認しました。この時期軽い燃え尽き症候群状態で合格した喜びよりも口述のことを考えていました。
OBによる口述試験対策に参加しました。12月14日口述試験当日、御茶ノ水のコーヒーショップに口述試験の受験者が集まり顔を合わせることで元気をもらいました。団体戦の意味を噛みしめました。
今回の試験を振り返って感じることは1次、2次は一体として捉えたほうがよいということです。1次の蓄積は必ず2次に活きます。
また、決してあきらめてはいけないということです。私は、他の合格者と比べると学習の深度、知識の引き出しともに不足していたと思います。そのような私が合格できたのは、1次試験以後2次試験の本番までのあいだで、高さは別にしてもあきらめずもがきながらピークを2次本番にあわせることが出来たからだと思います。
最後まで付き合って頂き感謝いたします。読んで頂いた方の幸を祈念しております。
