合格体験記(Shaku_chou_may)
■「試験日当日に」「合格答案が」「書けること」
2007年12月8日。東京・銀座の中小企業診断協会の出入口に、2次筆記試験合格者の番号が貼り出されていた。A4の紙が数枚で、やや素気ない雰囲気である。
「あれ、ない・・・いや、そうだ1100番台だった・・・あ、あった」
とりあえずホッとした。番号があったという以外、あまり実感がわかない。
僕は携帯電話のカメラで自分の番号を撮影した。何となくだが、証拠として撮っておかないと、後で取り消されるような気がした。
家内に電話し、田舎の親に電話し、勉強会の仲間に電話する。みんな喜んでくれた。本当にありがとう。
その日の午後は仕事が手につかなかった。
「試験日当日に」「合格答案が」「書けること」
これが僕の目標だった。
この1年間は、試験日当日にどういう状態になっていたいのかを具体的にイメージし、そこから逆算して何をすべきなのかを考え、実行し、修正してきた。
僕の受験歴は次の通りである。
2005年度はTACのストレート速修生コースに入り、1次突破・2次敗退。
2006年度は、ほぼ独学で(というよりモチベーションが下がり)、1次科目合格(経済と中小を落とし)・2次敗退。
2007年度は「ねくすと勉強会」に入会し、1次・2次合格を果たすことができた。
ねくすと勉強会の1年間で、僕の目標はブレることはなかった。目標を実現するために必要なすべてを、ねくすと勉強会で学ぶことができた。
実際に試験日当日はどうだったのか、以下にご紹介したい。
■2007年10月21日(日)リバティタワー
僕の席は大教室の一番前の右端、つまり出入り口のすぐそばの席だった。試験監督が目の前にいて、解答用紙は真っ先に回収されるはずだ。
「ラッキー、ほかの受験生が目に入らない。足も伸ばしやすいし」と、思うようにした。模試のたびになるべく嫌な席に座り、そう思えるように訓練してきた。
教室を振り返ると、大勢の受験生がいた。みんな、この日のために努力してきたのだ。
多くの受験生はテキストを一心に見入っている。しかし、読んではいない。みんな、自分たちが勉強してきたテキストを眺めることで落ち着こうとしていた。
リバティタワーに入る前、お茶の水のカフェにねくすと勉強会の受験生とOBが集合した。
「合格のオーラが出ていますヨ」
OBが声をかけてくれた。「え~、ホントですか~」と言いながら、OBに心の中で感謝する。
徐々にメンバーも集まり始めた。
「昨日は眠れなくて」「どうしよう、心臓がバクバクしてきた」
僕も一緒だ。今朝も4時に目が覚めた。
もうすぐ9時になる。受験する教室が掲示されるころだ。
エクセルシオールを出て、リバティタワーに歩き始めた。OBの皆さんと握手をし、受験生はそれぞれの教室に散る。
「それでは始めてください」
事例Ⅰがスタートした。
DRETECのキッチンタイマーのカウントダウンをスタートし、受験番号を記入したあと、リムーバーで問題用紙のホッチキスをはずす。
事前に解答用紙を透かし読みし、750字であることは確認していた。問題用紙も透かし読みしようとしたが、目の前に試験監督がいるだけに、あまり堂々とはやりにくい。アクセサリー業者って初めてだな。
気がつくと20分たっていた。まだ与件の半分ほどしか読めていなかった。気持ちだけが空回りしていたのかもしれない。
「ひょっとして情報整理力を求められているのかも。このままじゃ、時間が足りないな」
それから与件の読み方を変えた。残りをざっくりと確認して余白にポイントをメモ書きし、簡単に情報整理した。次に可能な設問からポイントを列挙していった。この時点では、まだ何を書いてよいのか見当もつかない設問もある。
書けそうな問いは第3問だった。まずこれを書いた。
次に配点45点の第4問だ。各設問15点か。与件の中で提起されていることがらを中心にポイントを無難にまとめる。「因果で書くと良いですよ」ねくすと勉強会で教わったことだった。各ポイントをなるべく因果で書くようにした。
次は第5問だ。「具体的って言われても・・・ええい、半分とれればいいや」と前半は戦略レイヤーでの解答、後半は組織戦術レイヤーの解答とした。時間がないのでしょうがない。
ここまで書いて、何とか書けそうな第2問をおいて、第1問に戻った。与件の中にヒントが必ずある。とりあえず与件から書けそうな2つの論点で記述した。不思議と書くべきことが思い浮かんだ。もちろん、正解かどうかはわからないが。
気がつくと残り1分30秒。第2問の150字が残っていた。
「もうこんな試験、絶対に受けたくない!」
その一心で書きなぐった。「汚い字でも大丈夫。ちゃんと読んでくれるよ」とのOBのアドバイスを思い出した。最後はキッチンタイマーとの競争だった。
「はい、筆記用具をおいてください」
事例Ⅰは何とか終わった。いや、何とか埋めたというほうが適切である。
やはり、僕の解答が一番に回収された。みんなこの事例は書けたんだろうか。
僕は、問題用紙の表紙に感想をメモした。「半分とれればいいや」「全部書いた、なんとか・・・」模試の時にも、できるだけ試験終了時に反省などを書くようにしていた。この与件では、LEC模試の事例Ⅰで味わった敗北感がよみがえった。
「必ず今まで見たことないような問題がでます。毎年そうですから」OBのアドバイスを思い出しながら、カバンからおにぎりをひとつ取り出した。
事例Ⅱの記述量を数えた。700字ある。昨年の短文列挙とは雰囲気が違う。
建材・金物店?ホームセンター?TACの模試と似ている。
スタートした。設問を確認する。「流通活動」って何だろう?大手との比較ならば与件にヒントがあるはずだ。「インターナルマーケティング」また来たか。平成17年度の美容院と同じだ。ちなみに昨日、つまり試験前日、平成17年度の事例を本番と同じ時間帯で4事例解いていた。過去問を研究したところ、1年おきに出題の雰囲気が似ていると感じていたため、前日の学習計画をそのように決めていた。ヤマをはったわけではないが、過去問を研究した付随効果のようなものだ。
与件を確認する。「モノ+サービス」および「モノ+体験」と余白にメモする。「スモールビジネスマーケティング」で提案されている。
第4問から書き始める。基本的に与件からの抜き出しなので、因果関係を意識しながら無難にまとめる。
第1問に戻る。「何を/どうやって/生かすのか」の文章スタイルでまとめる。与件を貫いているのは「サービス」と「体験」の付加による差別化だ。
第2問もその流れで書くことになる。設備投資しなくても創意工夫を凝らす。現在取り組んでいることを更に強化する観点で書く。
結局、第3問が最後になった。「流通活動」と書かれているが、必要以上に言葉に惑わされてはいけない。与件に書かれていることから解答を作成することが大切である。
大手とB社の比較を整理する。一見、弱みに見えるものを逆に強みとして活かしていく。ここでも創意工夫が問われる。
ここまで書いて、残り時間3分というところだった。記述内容の見直しを行うが、第2問の記述が弱いことに気付く。でもここで書きなおすのは無理だ。そのままの解答として、句読点や読みにくい字を修正する。
終了した。表紙には「何となく書いた」とメモをする。
昼休みになった。
おにぎりを一つ食べ、チョコレートを少しかじる。iPodを持ち出して、バッハのパルティータを聞く。
少し歩くことにした。ねくすと勉強会のメンバーがいる。
「うーん、難しいね。他の受験生も一緒だ。午後もがんばろう」
それ以上は突っ込まない。暗黙の了解ができている。
リバティタワーを出て、周りを一周する。体を動かすことで血行を促進する。
教室に戻り、酸素缶を取り出す。教室を出て、酸素を補給する。警備員が怪訝な顔をしながら通り過ぎて行った。
事例Ⅲはどんな問題が出るんだろう。
「受注生産と見込生産の違いは再度確認しておいてください」
軽くテキストを見返す。
解答用紙が配布された。かなりマス目がある。今年は全般的に長文傾向なのだろう。
印刷業が再び出題された。問題が作りやすい業界なのか、また出題者が印刷業者を想像しやすいからなのか。
設問を一読した。基本的に過去問と同じ流れを踏襲している。第4問では投資の可否を明確に答える必要がある。全体の方向性を間違えると大幅な失点につながるおそれがある。
コア事業の基盤強化をベースに事業領域を拡大し、強みを活かして直取引を強化する方向性と考えた。
第3問は、毎年出題される情報関連の問題だが、営業と工場の「相互理解」という記述がマーケットインの体制整備を連想させる。平成17年度の工場改革に近い。
第2問も、平成18年度のY社との取引拡大による懸念を想起させる。また第4問も、同じく平成18年度の三価クロメートへの対応に似ている。いずれも第1問のSWOTをにらみながら、全体の方向性に沿った記述を心がける。
第5問は、冗長な書き出しとなってしまった。140字というのも微妙な字数だ。
第1問は、短文20字で強み・弱みの抜き出しである。短文は難しい。端的に言いたいことを示す必要がある。
すべて書き終えた段階で残り5分。読みにくい文字や句読点を修正し、第1問を推敲する。よりわかりやすくしようと、残り1分で強みを全部消し、書きなおした。急に、焦る。一瞬、消したことを後悔した。手が動かなくなるのを必死にこらえながら、終了の合図と同時に何とか書きあげた。終わった瞬間、虚脱感に襲われる。
あと一つまで来た。昨年、唯一B評価だった事例Ⅳ。
今年は、OBから教わった「財務のカケラ」作戦をマネして、財務の問題を毎日繰り返し解いた。模試でも常に安定した成績をとれるようになっていた。多分、普通にやればいけるはずだ。平常心を心がけよう。
「経営分析で問題点を指摘し、他の問題で解決策を図る」
過去問を分析すると、その傾向が強くなっていることがわかる。今年の事例は、なお一層、その感が強くなったように思われる。しかし、それは試験が終わった後だから冷静に言えることだ。
与件の頭出しから基礎化粧品メーカーであることを確認し、設問に移る。
「あれ、原因だけ?それで60字?」
過去は必ず問題点を書かせていた経営分析。意表を突かれる。
第2問はBEP分析。計算方法はすぐに思いつく。設問2の記述で差がつきそうだ。
第3問は投資の経済性か。これも何とかなりそうだな。
第4問はインターネット関連の問題。個人情報はなんとか書けそうだが、設問2は与件を確認する必要がある。
与件を確認する。
最初の読みでは基本的にSWOTはしないが、それなりに要素がちりばめられている感じがした。その一方、経営指標を3つあげるのは難しいような気がする。
財務諸表もさっと見る。減価償却累計額と従業員数が別表となっているが、あまり特徴的とは思えない。
全体の配点から第1問の経営分析を後に回し、第2問のBEPを先にやることにした。連立方程式を立て、変動費・固定費を出す。固定費を検算すると2つ出る。少し焦る。
「変動費を端数処理せずに出すのか・・・」と、一旦は正解を導いた。また、設問に営業利益レベルとあり、設問2は、そこに言及した。
第3問の投資の経済性も計算方法は思いついた。しかし、マイナスになる。
「おかしいなあ、そんなはずはない」と、何度も計算した。ここで時間を相当使ってしまった。条件の読み落としを発見したのは、試験が終わった後だった。試験前に言い聞かせたにもかかわらず、平常心を失っていた。
第4問は、設問1は社内・外注先の観点で切り分けた。設問2は、全体の方向性を考えれば、インターネット販売を導入することで望ましい方向に変化するはずだ。
第1問の経営分析。あくまでも与件から確認ないしは類推できる指標を上げる。3つとなると、収益性・効率性・安全性の切り口がセオリーだが、安全性のニオイは与件からは感じられない。しかも、行き着くところの原因は売上不振なので、記述の切り分けも難しい。
一通り解答を作成した段階で、見直しを行う。第3問はどうしてもマイナスとなる。そのうち、何を血迷ったか、第2問の固定費を元の答えに戻してしまったようだ。「1,275か1,276か、ええい、どっちでもいいや1,276」おそらく、そうしたと思われるが、最終的に問題用紙には備忘用として1,285と書かれている。ここまでの取組は克明に覚えているし、再現解答もほぼ100%再現できているのだが、なぜかここだけ記憶がない。
試験が終了した。解答用紙が回収された。
なんとも後味が悪い。あれだけ事例Ⅳのために毎日計算問題をこなしてきたのは何だったのか。ねくすと勉強会に入ったころに「shakuさんは、計算問題だけやってれば受かりますよ」とOBに言われたことを思い出した。この1年間は一体何だったんだろう。
もちろん、仮に計算問題が間違えたとしても、記述問題でしっかりと点数を取って全体をカバーするよう、対策は練ってきた。しかし、この試験は競争試験である。みんなが取れるところを落とすのは致命的である。しかも、記述内容で1点、2点を積み重ねる努力に対し、計算問題で15点を一気に失う重さ。事例全体の一貫性が自分なりに見えていたことだけが唯一の慰めだった。
リバティタワーのロビーで、みんなが待っていた。
OBが肩を抱き抱えるようにして、「よくがんばりましたね」と励ましてくれた。多分、僕は相当がっくりした顔をしていたと思う。
ただ、今年はやるだけのことはやった。試験の結果はともかく、自分がやってきたことに対しての悔いは全くなかった。もう、これできれいさっぱりやめよう。そんな気持ちでリバティタワーを後にした。
■合格するためのヒント集
- 適切な目標を立てる
前述の通り、僕の目標は「試験日当日に」「合格答案が」「書けること」だった。
- 「試験日当日」に最大限の力を発揮するためには?
- 「合格答案」とは何か?
- 実際に「書ける」ようにするにはどうしたらよいか?
この目標を突き詰めていくことで、自分の問題点と課題が明らかになった。
ただ、最初からこの目標を立てていたわけではない。お恥ずかしいが、その前の年に立てていた目標を紹介する。
「ビジネスの実力をつけること。診断士合格は一つのマイルストーンである」
これは2005年12月2日に書いている。つまり1年目の2次試験に落ちた当時のものである。未練がにじみ出ている。また、漠然とした内容のため、学習の推進力にはならなかった。これでは目標を立てた意味がない。
- 量は質に転換する
「質と量、どっちを追及するべきなんですか」といった質問を耳にすることがあるが、そういう対立軸で捉えるべきではないだろう。合格するために「正しい方向性」で「1問でも多く積み重ねること」が重要である。後は、ひたすら量を積み重ねるうちに質が向上する。「質にこだわりたいんだよね」という人の大多数は、勉強していないことを自ら告白しているに等しい。それは本来、量をこなした人だけが口にできる言葉である。さらに言うと、量をこなしてきた人たちは「質にこだわりたいので、さらに(改善を目指し)量(=トライアル)をこなす」ことになる。
ねくすと勉強会で僕は、1次は「7-5-3」を実践した。TACのスピード問題集を7回・過去問題集を5回・模試他を3回以上、回した。一番辛いのは1回目である。辛いことはなるべくみんなでやるとよい。2回目以降は加速度的に早く自分で回せるようになる。
2次は、この1年間で延べ180事例くらい解いている。1月から7月までは1次試験を優先したため60事例くらいだが、直前の2か月で120事例は解いている。直前の2か月の内訳は、最初の1か月で40事例、最後の1か月で80事例ほどだ。ロケット噴射のイメージである。受験校の問題や模試は、復習はしたが繰り返し解いたことはない。ほとんどが過去問の繰り返しである。
2次の過去問は、加速度的に早く回せない。毎回産みの苦しみを味わう。また、解きまくっていても「芽が出ない」ことが普通である。仮に試験日当日まで芽が出なくても、ひたすら自分を信じて解きまくることだ(ただし、あくまでも「正しい方向性」で努力していることが前提となる)。 なお、これらの数字を最初に目標として立てたわけではない。あくまで目標は「合格すること」であり、その達成に向け、気がつくとそれだけの数をこなしていたというだけのことである。
- CAPDを回す
世間一般的には「PDCAサイクル」という。P(Plan:計画)→D(Do:実行)→C(Check:確認)→A(Action:対処)という改善サイクルだ。
僕の場合、Planから始めてしまうと計画を作っただけで満足する傾向があった。よって考えなおしてCheckから始めることにした。
ちなみに、自分の現実を見つめる(Checkする)のは辛いと思っていた時期もあるが、今は全くそうは思わない。仮に自分の出来が40点だとして、それを絶対評価するのは辛い作業かもしれないが、40点であることを受け入れて、それを50点にしようと考えるのは楽しい作業である。
診断士試験の場合、60点を取ればいいわけで、試験日にそのレベルに持っていけば良いだけである。
ただし、診断士の2次試験は競争試験なので、60点取ることよりも上位800人に入ることを意識する必要がある。
- 合格者のマネをする
合格者のマネをしたら合格できる。僕が発見した真理は何もない。すべて先達の知恵をマネただけである。合格者の体験談を読む、実際に話を聞く、ネットや本を調べるなど・・・。診断士の世界だけでなく、他の試験勉強や子供の受験勉強の知識も役に立つ。勉強だけではない。長男が習っているバイオリンの先生の話の中にもマネできることがある。
しかし、あくまでも診断士の合格者のマネをすることだ。司法試験を受かった人の話を聞いて、参考にはするがマネはしない。というか、完全にはジャストフィットしない部分があるのである。ねくすと勉強会では診断士に合格した方がOBとしてサポートしてくれるので、いつでも生身の診断士の方に触れることができる。
あとは素直に自分の中に取り入れられるかどうかである。
- 気付きメモを作る
ねくすと勉強会では、グループ学習した内容の議事録を作る。これは大変勉強になるが、議事録係りも基本的には順番制なので、自分が毎回書くわけではない。
僕は、自分の頭の整理のためにメモを毎回書くことにした。ただし、あくまで自分のために書くのだから、自分にとっての「気付き」だけを書くことにした。その方が長続きする。
「気付き」は勉強会での議論だけで得られるのではない。勉強会の後に反省会(飲み会)があり、僕はほとんど毎回出席していた。僕自身アルコールが好きということもあるが、OBの皆さんの話を色々と聞くことができたからだ(OBの皆様、毎回ありがとうございました)。
もちろん、自分から質問したり、OBからつっこまれたりすることもあるが、他のメンバーの会話の中にも「気付き」のネタはたくさん転がっている。ハッと気がついたことを、誰が言ったのかを含めてコースターの裏に書きとめ、帰宅してからパソコンで気付きメモを作成し、その日の議論内容(自分の作成した解答や他の人の解答など)と共にファイルしておく。悲しいことに、学習期間の途中でパソコンが壊れ、気付きメモのワードファイルの大半はなくなってしまったが、紙は今でも残っている。
「書くべきことを書き、書けそうなことを書いてはいけない(Mさん、2007/5/17)」
「設問から書くと150%書けるんだけど、与件読んでから削るんだよね(Nさん、2007/3/7)」
「どこから取りかかればいいのか、わからない場合は、とりあえず書けそうなところから始める。初めてついたキャバクラ嬢と同じで、コミュニケーションをとりながら探っていく(Iさん、2007/5/17)」
「方法論もあまりガチガチにやると思考停止に陥る(OBさん、2007/5/23)」
「3つ解答が求められている時に、4つも5つも解答が考えられたら、取捨選択する能力が必要となる。既にやっていることを提案するのは、診断士としては恥ずかしいこと(OTさん、2007/3/21)」
人間は忘れることが多い。僕の場合は、昨日の昼食すら何を食べたのか覚えていない。しかも気付きは一度逃すと永遠に失われてしまう。
それと気付きメモが書けない(書くことがない)日は、自分の気付き能力が低下しているのではないかと思うようになる。毎回、何かしら気付きを得たいと思うようになる。
- 基礎を重視する
2年目にあたる06年度の2次評価はAAABだった。家内は、「へえ、意外といいところまで行ってたんじゃないの」と言ったが、僕の心の中では「基礎力が足りないんじゃないか」という声が聞こえていた。
実は、その声は以前から聞こえていた。僕はその声に、なかなか耳を貸せなかったのである。
AAABって実際には何点なんだろう、ほんの数点で落ちているんだろうか、などと考えているうちに、ひとつの結論にたどり着いた。
AとかBとかは全く関係ない。要するに「こいつ、わかっているか、わかっていないか」だけなんじゃないか。ただ、それだけの違いなのではないかと思うようになった。
僕は一から勉強しなおすことにした。ねくすと勉強会の土曜日のオプション勉強会では1次組に入り、科目合格している科目も含めて、基礎問題集からみんなと一緒に勉強し直した。どうやったら自分の解答を見てもらい「わかっているな、こいつ」と思ってもらえるようになるのか。それはテクニックではなく、当たり前のことが当たり前に説明できるかどうか、言い換えれば診断士としてのコモンセンスがアタマの中に醸成されており、解答から滲みだしているかどうかが勝負の分かれ目なのではないかと考えた(事実、あるOBが直前期に「shakuさんの解答は合格者のニオイがしますね」と言ってくれた。やはりニオイなのである)。
そのために、基礎の反復訓練は必須である。1次7科目が頭の中でメルトダウンし、診断士アタマ=コモンセンスを作ることが大前提となる。決してキーワードでは差別化はできない。
- 過去問にこだわる
1次の勉強では、基礎の反復訓練が重要だが、もちろん過去問演習も有効である。ゴルフに例えると、まずは練習場で徹底的にショットを練習し、何とか自分のイメージ通りの球筋を打てるようにした上で、コースに出てグリーン周りなどを覚えると、ぐんとスコアが上がる。逆に言うと、ろくにショット練習もせずにいきなりコースに出て、アプローチなどの小技がいくら上達しても、ティーショットやセカンドショットでグリーンの近くまで順調に運べなければスコアは伸びないのである。そういう意味で1次では、基礎の反復訓練と過去問演習をバランスよくこなすことが必要となる。
一方、2次の勉強では、過去問と心中しなければ合格できない。なかには「過去問やったことないんです」という合格者もいると思われるが、今までの合格者のヒアリング結果や、自分自身の経験から考えると、過去問をやらなければ合格はおぼつかない。
受験校の教材や模試は、確かに過去問を研究して作られているが、過去問とは全く質が違う。受験校の教材は、一定レベルの受験生を教育するために作られているのに対し、過去問は、受験生のレベルを把握し、選別するために作られているからだ。つまり、まだ初歩段階の受験生は受験校の教材が有効なのだが、一定レベル以上になってくると、もはや過去問をやらなければ得るものがなくなるのである。
もちろん、受験校の教材は有効である。僕も模試や問題集を積極的に活用した。しかし、僕はそこで得たものよりも、過去問の繰り返しで得たものの方がはるかに大きかった。
- 過去問リフィルを作る
どうしたら常に勉強できるか。その答えのひとつが「過去問リフィル」だった。
まず、普段使っていた小型手帳からシステム手帳に変えた。仕事もプライベートもそれ1冊を持ち歩くことにした。あとは2次過去問すべてをパソコン写経し、リフィルにプリントアウトして綴じ込む。すべての事例を綴じると、それだけでシステム手帳が一杯になるので、普段はリフィル保存用バインダーに綴じておき、必要に応じてシステム手帳に組み入れる。
このように、過去問をコバンザメ化しておくことで、通勤中はもちろん、仕事の合間、信号待ち、焼肉屋で並んでいる間など、常に過去問に浸ることができる。また方眼の白紙リフィルがあれば、解答も書くことができる。PDAを利用する人もいるかもしれないが、過去問は文章を行ったり来たりして読むので、紙の方が利便性が高い。
なお、2次過去問すべてをパソコン写経するのは時間がかかる。学習期間のなるべく早い時期に、ある程度まとまった休暇などを利用して一気にやってしまうことをお勧めする。
- 仕事との関係
ねくすと勉強会での1年間は、「勉強」の合間に「仕事」をしていた。
これは、勉強のせいで仕事を疎かにするということではない。逆に勉強の時間を確保するために、どうやったら17時に会社を出られるかを真剣に考えた。つまり、診断士の勉強を通じて自分の能力が上がっているのであれば、積極的に仕事に活かしていこうという発想だ。
例えば、企画書や提案書などのレポート作成は、自分としては格段に早く作れるようになった。また、判断力も向上したように思う。また、周りの人たちが困っていることに対しても、なるべく先手を打ってアドバイスするように心がける。ちなみに、最後の方は事例問題の書き方を意識しながら、会社の資料を作っていた(因果関係、読みやすさなど)。
また、上司との関係に悩む受験生もいらっしゃると思うが、僕は会社で受験を公言していた。僕が勉強しているのは、会社にとっても良いことなのだと割り切った。その方が、付き合いなども断りやすい。当然、今の上司にも話したところ、「実は、俺も昔受けたことがあって・・・」と逆に告白されてしまった。「じゃあ、一緒にやりましょうよ。ここで受けないと男じゃないですよ」と誘ったところ、上司も受験を再開することになった。それからは、さらに堂々と勉強ができるようになった。なお、上司は今年1次敗退したため、受験校に通い始め、来年度のリベンジを誓っている。
- 家族との関係
繰り返しになるが、ねくすと勉強会での1年間は、勉強の合間に仕事をしていた。そういうと、家庭生活は無きに等しいと考える人もいるだろう。 僕は家族と買い物や外食にも出かけた。長男のバイオリンの発表会にも出かけたし、運動会も見に行った。ただ、そういったときも勉強していただけである。
勉強することの意義について、家内とはよく話をした。そして、お互い工夫できるところは工夫する。事例Ⅰじゃないが、コミュニケーションを密にして理念の共有化を図り、家族全員にとって楽しい解決策を探していく。
長男のバイオリンの発表会ではコンサートホールに座り、子供たちの演奏をBGMに事例問題を解いた。生演奏を聴きながら勉強できるので最高である。「Shakuさんちのお父さんは、子供たちの演奏を聴いて熱心にメモを取っていた」と言う父兄の方もいたようだ。ただし、長男の演奏はしっかりと聴く。せいぜい5分ほどである。運動会のときは、首からビデオカメラをぶら下げて校庭に立ち、かけっこで長男の番が来るまで立ちながら事例問題を解いた。多少、運動不足を解消することができたような気がする。
家内は、僕が勉強する分には何も言わない。なぜなら、それまでの僕は放蕩の限りを尽していたからだ。ほとんど毎晩のように飲みに行き、家で食事はしない。ゴルフは年間50ラウンドを超えるときもあった。ゴルフに行かないときは釣りに行く。体重は80kg近くになり、タバコも吸いまくった。もちろん貯金もへったくれもない。マージャンをしないだけマシだっただろうが、本当にどうしようもなかったと思う。
なので、家内と長男にはとても感謝している。本当にありがとう。
ちなみに今は体重64kg、タバコもやめた。ダイエットや禁煙はセルフコントロールで達成できる。診断士についても同じだと僕は思っている。
■最後に
僕が診断士を受けてみようと思ったのは、自分の実力のなさに落胆し、もっとビジネスの実力をつけたいと思ったからだった。でもやるからには合格しなければ意味がないと思うようになった。ねくすと勉強会では合格することに常にこだわり続ける組織風土がある。自分一人では到底ここまでのモチベーションを保つことはできなかった。
実際に合格してまだ1週間程度だが、世界が変わったような気がする。「診断士試験に合格したんだ」と言えること自体が、本当にうれしい。
しかし、自分の実力はまだまだである。診断士として仕事ができるレベルには到底ない。これからも先達を見習って、もっと自分を磨き、役に立つ人間になりたい。また、そうすることで、お世話になった周りの人たちへの恩返しをしたい。本当に皆様ありがとうございました。
以上
