合格体験記(Hau)

どうにか学習開始から3年で診断士試験に決着がつけられたようです。2次試験合格までに私が何をしてきて何を得たのか、ここに簡単に示したいと思います。

1:学習開始〜最初の受験(1998.10〜1999.10)

 
 私が中小企業診断士の学習を開始したのは1999年の通関士の試験の翌日からです。当時は部門制度が残っており、私は多少迷った上で情報部門(販売流通)を選択しました。迷った、というのは当時の仕事が製造業の資材部門だったこともあり、工鉱業の選択肢もあったのですが、大学時代の専攻が情報数理だったことと、この年の第一種情報処理技術者試験に合格していたことを優先しました。最初は自分で参考書をそろえ、1人で適当に勉強していましたが、後にこれらが大きな間違いだということを思い知らされます。
 試験直前の7月に体調を崩してモチベーションが下がったこともあり、1回目の1次試験は当然のごとく不合格でした。

2:弱小・ねくすと参加〜1次合格(1999.11〜2000.9)

 
 1度目の1次が不合格だということを知ってから、さすがに完全独学はきついと思い、ネットで診断士試験の情報を探しているうちに、ねくすと勉強会を見つけ出し、そこから@niftyの診断ネット学園を紹介され、niftyの方に参加した後、弱小、ねくすと両勉強会に参加することになりました。このとき、指導機関は頭に入っていませんでした。といいますのも、当時は社会人3年目で教育訓練給付が受けられないこと、それに、指導機関に行く程お金が無かったからです。
 勉強会の方は、最初はねくすとの方と連絡を取っていたのですが、1999年内はどうしても水曜日に都合がつけられず、最初に参加したのは弱小の方で、ねくすとは2000年の1月からの参加になりました。。

 まず、勉強会に参加して驚いたのは、情報量が多いことでした。独学にはどうしても資金や時間の面から収集できる情報に限界があります。もちろん、勉強会はギブアンドテイクの考え方で行われていますから自分も何か提供しなくてはならないのですが。

 当時の1次対策については弱小は議論中心、ねくすとは問題演習中心という違いはありましたが、それぞれから得たものは大きかったと思います。

・試験は情報戦でもある。独りよがりの学習は合格から遠ざかる。
・他人に回答を評価してもらおう。他人に理解されない回答は採点者にも理解できない。
 この年の1次試験は無事合格できました。販売流通システムと販売管理の点数が微妙で引っかかってはいたのですが、足切りの対象にはならなかったようです。

3:1次合格〜最初の2次不合格(2000.9〜2000.11)

 
 1次試験が終わった後、翌日から2次の勉強をはじめました。弱小、ねくすとに加え、マンパワーの通信添削をやっていたのですが、このときは事例というものが全くつかめていませんでした。論述式の試験の難しさを思い知らされた、という感じです。
 何とか中対の方は形になるところまで行ったのですが、事例の方は、何がいい回答で何が良くない回答なのかわからないうちに試験になってしまったというのが実感です。
 このときは気づいていなかったのですが、出題者の意図を正確に把握する能力が完全に欠落していた状況でした。当然、覚悟していた通りこの年の2次試験は不合格でした。

4:リベンジを決意〜3度目の1次試験(2000.12〜2001.8)

 
 2次試験の不合格の報を聞いた後、翌年から試験制度が変わるということで、指導機関嫌いの私も、ついに機関に行くことを決意しました。お金に多少の余裕が出来たこと、弱小、ねくすとともに2次の合格者が続出したことで、両勉強会の2次組の人数が激減しそうだったことが理由です。
機関については、直前の中対対策で通っていたMMCに行くことにしました。理由は、フレンドリーな勉強会に慣れている自分にとっては、アットホームな指導機関の方が肌に合うと考えたからです。

 指導機関と弱小、ねくすと両勉強会、そして@niftyのCUGとで事例をかなり解きました。勉強会では、最初は時間をかけて与件を理解することに重点を置きました。この時点では夢にも思っていませんでしたが、この期間で与件に対してシナリオを用意する力が徐々についていったのかな、と考えています。これが5月くらいまで続いたと思います。
 6月頃からは回答を重視した解き方に変わっていったと思います。それぞれの回答を相互に比較するうちに、自分の回答に欠けているものは何か、ということをつかめていったのではないかと思います。
 私の場合はとにかく「文章がわかりにくい」ことでした。そこで、私は事例の回答に対しては「文章を書く」ことを放棄し、文章フレームの中に必要な単語を放り込む、という形に切り替えました。
 MMCで教えていた形ですが、基本形は、

 (1)については、(2)面で(3)なので、(4)を行う。
 という感じです。
(1)は問題文で聞かれている言葉を入れます。
(2)は切り口です。
(3)は与件から理由となる事柄を引っ張り出します。
(4)は解決策(自分で考える)を入れます。
 私のような文章の苦手な人には比較的向いた方式かも知れません。

 6月いっぱいで、勤め先を辞め、次の職場に移るまで2週間ほどの休みの期間がありました。結果はともかくとして、保険のためにも1次試験を受けることにしていたので、7月は1次試験の学習に注力してました。やっていたことはDAI-Xの予想問題集をひたすら繰り返しただけですが、これだけでも、過去の蓄積で何とか1次は合格することができました。

5:2度目の2次試験(2001.8〜2001.10)

 
 1次試験終了後、再び2次対策に戻りました。
事例は過去問や指導機関の模試などを繰り返し解き、議論していました。この頃は、勉強会と別に勉強会の有志で日曜に集まって1日中事例を解いていた、ということもありました。この時だけは時間制限を設けて、本試験と同じ時間で事例を解き、回答の議論をするというもので、時間の感覚を養うのに非常に役に立ったと思います。
 2000年の11月からの約10ヶ月間で、過去3年の事例は少なくとも3回以上ずつは解いていると思います。12年の商業、工業事例は10回以上解いているものもあると思います。
解くたびに回答は変わりましたが、同じ事例を繰り返すことで、試験現場での対応力が蓄積されていったのではないかと今では思っています。
 9月頃に不調期があって、iMbeさんをはじめ、勉強会の方々に色々指導して戴いた事も本試験ではかなり役に立ちました。

6:2次筆記から口述まで(2001.10〜2001.12)

 
 本試験では、事例1〜3は正直なところ、時間的には多少余裕がありました。字数制限の問題が多かったので、回答用紙を汚さないために、問題用紙に回答を作成し、回答用紙に写す、という作業をしていました。ですので、事例1〜3の再現回答はかなり精度が高いと思います。
 事例4については財務を手抜きしていたツケでCFは全然ダメでした。何とか点数を守るために、記述のところで「聞かれていることに応える」というスタンスだけで回答していたのを記憶しています。
 試験が終わった後の手ごたえですが、事例4の出来が悪かったのと、事例3も細かいミスをしていたので、ちょっと厳しいかな、と思っていました。
 ただ、可能性に賭けて、口述対策のために再現回答を作成しましたが、口述に関してはロクに対策出来てなかったと思います。
 口述ではかなり細かい質問をされましたが、何とか無事に通ることが出来ました。

7:まとめ

 
 2年間の勉強会の中では、他人から回答を評価されることの重要性、他人と意見を交換し受け入れるべきところは受け入れる柔軟さの重要性を知ることが出来ました。独学で続けていたらおそらく今でも受験生生活が続いていたと思います。
 私は勉強会では決してできる方では無かったですし、むしろ一番突っ込まれる人でした。他人から指摘されることは、自分の悪いところを治す意味で非常に重要だということを痛感させられました。そういう意味では突っ込まれるキャラクターというのは勉強会では非常にオイシイのかもしれません。
 ですから、勉強会でも積極的に発言して突っ込まれることをオススメします。きっと自分の弱点が明らかになるはずです。そこを治すのは自分自身、ですが。
 また、勉強会の後にメンバーで飲みに行くこともありますが、そういうところで聞ける話は結構貴重です。合格者の方などから本音が出てくるので、個人レベルで役立つ情報はむしろそちらから仕入れるのも有効だと思います。
 長々と書いてしまいましたが、弱小&ねくすと両勉強会に参加したことは、診断士の試験に合格する上で、自分にとって非常に役に立ったと思います。今後診断士を目指される方も、こういった勉強会で何かを得て、診断士の試験に合格されることを期待しています。頑張ってください!


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