はじめに
私が、中小企業診断士の勉強を始めたのは、平成12年10月からです。合格したのが平成15年12月ですから、合格までに3年2ヶ月程かかりました。平日は最低3時間、休日は8時間位勉強しましたから、延べの勉強時間数は3000時間を越えています。
受験の動機は、仕事上で生産管理の知識が必要になってきたことと、教育訓練給付制度によって受講料の8割が助成されたからです。教育訓練給付制度はいずれなくなるか、少なくとも助成金の額は減額されると思い、制度を利用するなら今だと思って3年前に利用したのが正解でした。一方、生産管理の勉強は未だに成果を試す機会がありませんが、いずれ何らかの形で成果を出したいと思っています。
また、システムエンジニアを30年間やりそれなりに実績を残しながら、定年と同時に今まで培ったスキルが全く無になるのはもったいないという思いもあり、何か資格をとって身体が動く間は仕事を続けたいという気持ちもありました。
診断士試験の戦績は、13年は一次で敗退、14年は一次合格・二次不合格、15年は一次合格・二次合格でした。では、合格までの軌跡をたどってみたいと思います。
一次敗退(平成12年10月〜平成13年9月)
たまたま新聞にTACの診断士講座説明会の広告がのっていたのが目にとまり、説明会に参加してその場で受講をきめました。その時に試験制度が来年から変わることや、受験科目の中に後に苦労させられた、経済学、経営法務などがあることも初めて知りました。もともとが不器用なので、勉強時間は人の2倍はかかると思い、当初から2〜3年は覚悟をしていました。それでも、途中で投げ出すことは全く考えていませんでした。
平成12年10月から一次試験の勉強がスタートしましが、一生の内でもっとも勉強をしたのがこの年です。寝るのはいつも1時半から2時近くになりました。休日は、一日も欠かさず図書館に通いました。それだけ勉強したのですが、学校での成績は記憶を必要とする科目は並で、財務会計、経営情報、経済学、運営管理等がかろうじて上位につけているような有様でした。試験の直前一週間は夏休みをとり毎日図書館で勉強をしました。そんなわけで、一次試験は万全の体制でのぞみましたが、結果は、財務会計の計算問題でつまずき、足切りであえなく敗退しました。
二次敗退(平成13年12月〜平成14年10月)
一次試験に落ちたあと、独学にするか学校にいくか迷いましたが、一人だとモチベーションの維持がむずかしいと思い、再びTACの講義をうけることにしました。一次の上級者向けコースと二次の受験がセットになったコースがありましたので、12月から教室に通い始めました。この年も去年に引き続きよく勉強しました。
一次試験が終わると、すぐに二次の講義が始まりました。内容は、講師の方の説明とテストが公開模試を含めて4事例を3回転こなしました。講義の内容は、講師の方の説明を一方的に聞いているだけで、余り効果的ではありませんでした。成績は、良い時と悪い時の波がありました。
結果は、一次は合格しましたが、二次で門前払いにあいました。二次試験については、なんらかの対策の必要性を感じました。
NEXTとの出会い(平成14年12月〜平成15年10月)
二次の勉強方法は、受験生の仲間をみつけてグループで学習するほうが効果的だといわれていましたので、インターネットで勉強会をさがしていました。そんな中、12月に「NEXT勉強会」の説明会がありましたのでとりあえず参加することにしました。会場につくと、受付には“アサハラショウコウ”に似た人がいたのでヤバイ会かなと思いましたが、説明を聞くうちに皆様の熱心さに感動して、即入会を決意しました。
NEXTでは、水曜日の夜だけ参加して過去の事例を解いていましたが、途中から土曜日の日暮里にも参加するようになりました。少人数ということもあり、議論の中身は土曜日のほうが濃く、仲間にもめぐまれました。
保険のためにと思って、一次を受験することにしましので、7月に入ると、一次の勉強も再開しました。結果的には、一次も受かりましたが、今まで続けてきた二次の勉強のペースが少し落ちました。
一次の試験が終わり、「さあー、これから二次の勉強だー」という時に田舎のお袋がどうしても今年は夏に帰ってこいという連絡があり、田舎に帰ることにしました。これも少し勉強のペースが狂い、お袋に少しいやみをいうと寂しそうな顔をしていました。
夏休みが終わると、狂ったように勉強を始めました。平日は2事例、休日は6事例ぐらいこなしました。
そんな時、どうすれば一割の中に残れるのか悩み(?)、OBの方の再現答案を一日じっくりと読ませていただきました。そうして気付いたことは、合格者の方の再現答案はけっしてむずかしい言葉で書かれているのでなく、平易な読みやすい文章なのです。これなら自分にも出来そうだと少し自信を持ちました。再現答案を読むと、OBの方がいつも言われている“タコ社長基準”という意味もよくわかりました。
試験当日
試験当日は、早めに教室にはいり“タコ社長基準”の再現答案を写経しました。これによって、ずいぶんと心が落ち着きました。休憩時間も一心に再現答案を読んでいました。
試験は事例Vまで終わったところで、少しの手応えを感じていましたが、事例Wでそんな手応えは吹っ飛んでいきました。計算問題はできたのですが、定番となっている経営指標の選択と原価計算の説明に自信がなかったためです。
試験の後に行われたNEXT勉強会の打ち上げも早々にひきあげ、早くも来年のことを考えていました・・。
合格発表、そして面接試験
合格発表の日はどこにも出かけないで、会社にいることにしました。そして、合格発表の時間が過ぎて、まず勉強会の仲間が合格のメールをアップしました。その中に合格者の番号をコピーしてのせていましたが、まさかとは思いながら番号をみていたら、なんと自分の番号がのっていました。間違いかもしれないと何度も番号を確認してから、ようやくNEXTにメールを送りました。OBの方は、意外なものからの合格のメールで随分驚かれているようでした。
そんなわけで、面接試験の準備は全くしていませんでいた。NEXT勉強会の方々と面接試験の練習をしたのですが、とうとう試験前日までペースがつかめませんでした。これではまずいと思い、家に帰ってから試験当日の明け方までストップウオッチ片手に面接の練習をしました。そうすると、試験会場にはいった時は、これだけやったのだからと妙に落ち着いていました。
合格発表は12月17日にありました。その日は、NEXTの新年度の勉強会がスタートしていました。勉強会が盛り上がっているところに携帯電話がなり、2ヶ月前から入院していたお袋が亡くなったという知らせでした。お袋の死と、診断士試験の合格とこの日は一生忘れられない日となりました。
おわりに
TACのカリスマ講師の方が「この試験はあきらめずに勉強すれば、必ず受かる試験です」といわれたことが、いまだに頭に残っています。私のような不器用な人間でもコツコツ真面目に勉強すれば受かる試験なのです。
ですから、あなたもけっしてあきらめないで下さい。