以前、与件をインテリジェンスとして理解することについて書きました。そこではインフォメーションとインテリジェンスの違いを、食材と料理に例えた上で、インフォメーションを認識するだけでなく、インフォメーションからどのような状況を推測するかが重要だと述べました。
それでは、与件をインテリジェンスとして理解することの意義とは何でしょうか?私は3つの意義があると考えています。1つめは「早期警戒」です。与件の前段部分で、「事例企業は従業員の増加に合わせた人事制度の整備が進められていなかった」とあれば、単に制度の不備を問題点として認識するだけでなく、「このあと人事制度の不備が原因の問題が起きるのだろうな」とあたりをつけることができます。事例企業の問題に対する感度を高め、素早く「戦える頭」にすることで、事例企業の課題分析や助言に関する仮説を多く立てることができます。
2つめの意義は、「意思決定」です。各事例問題では、「診断士として何を提言するか」を答えさせる問題が出題されることがあります。診断士の提言というのは、そのまま社長にやってもらいたいことです。すなわち、提言により、社長は何らかの意思決定を迫られるわけです。例えば、ある市場調査の結果、事例企業の製品を試してみたいという消費者が多いという結果が出たとしましょう。その結果だけで「社長やりましょう」と言えるでしょうか。「製品を求める消費者が多いということは、このようなニーズの変化があって、新たなニーズはしばらくの間続くでしょう。また新製品はこういった点で御社の収益の柱になります。だからやりましょう!」と、くどいぐらい説明してはじめて「やろうか」となるのではないでしょうか。市場調査の結果というインフォメーションを、マーケットの動きや構造と組み合わせてインテリジェンスとして提供することにより、社長は意思決定できるのです。
3つ目の意義は、「将来への対応」です。残念ながら、我々は将来発生するかもしれない「コト」を正確に言い当てることは不可能です。しかし、過去に起こったこと、今起きていること、そしてその背後に流れる意味合いの変化を見ることによって、将来の変化のトレンドについて何らかの「あたり」をつけることができます。
例えば、ある事例企業の顧客が減り続けているという問題点があるとします。事例企業は新規顧客の開拓など、できることはすべてやってきました。とすると、まず疑うべきは外部環境の変化です。事例企業の製品が属する製品カテゴリーがターゲットとする顧客層の商圏人口が減りつづけていることがわかっています。今後劇的な変化がない限り、そうした顧客層に依存する営業では業績を維持することが難しいでしょう。その際、市場から撤退するという内容になりがちですが、もし顧客の商圏人口の減少ペースが落ち、なおかつ人口減少のペースが落ちる以上に競合の脱落が進むようであれば、今の市場に踏みとどまり一定のシェアを死守するという選択ができるかもしれません。このような考え方ができるのは、「過去は商圏人口減少が続いた」+「今では商圏人口減少のペースが落ちている」+「人口減少以上に競合の撤退が著しい」というインフォメーションの組み合わせにより「踏みとどまることにより一定のシェアが確保できる可能性がある」という見通しが導かれるからです。これが、将来への対応のためのインテリジェンスなのです。
最近の事例は、与件の抜書きでは解答できない内容のものが増えてきているといわれています。その理由の一つには、予見や設問の記述に現れる「インフォメーション」を「インテリジェンス」に加工して、上記の意義を最大限に発揮し、経営者の目標や理念の実現をサポートするコンサルティング能力を試験で評価しようとする出題者側の意図があるのだと思います。二次試験の質的な進化に的確に対応する能力の涵養が、受験生に与えられた課題であるといえるでしょう。