井澤 寛延

1 はじめに

2次試験合格発表の当日、午前10時の発表の直前まで、表現しがたい緊張感が続いた。胃のあたりがカッとなり、明らかに血流が増加しているのがわかった。午前10時、協会ホームページの合格発表のリンクをクリックする。数多の数字の羅列から、自分の受験番号を探す。まもなく、受験番号00084が眼に飛び込んできた。この時、すべての緊張感から解き放たれた。

思いのほか、感激は起こってこなかった。解放感が感激に優っていたといえるだろう。「あ、これで終わったんだ」と、ただ単純にそう感じた。

 

2 受験歴

2013年 1次試験合格 2次試験不合格(BBAC 総合B)

2014年 1次試験受験せず 2次試験合格

 

3 受験のきっかけ

私は、15年ほど前、国内のある大学院に社会人留学した。そこで、経営科学を専攻し、初めて経営学に触れることとなった。経営学の歴史や、経営戦略の考え方に触れるにつれ、そこで得た知識を仕事に活かしたいと思うようになっていった。

その後、教育機関で、管理職の卵の学生に対し、教官として戦略や情報を教えることとなったが、そのとき、教える立場である私自身が、学生に対して戦略を語る言葉を持っていないことに気づき、「組織経営とは何か」を体系的に習得すべく、中小企業診断士試験の受験を決めた。

 

4 1次試験準備

1次試験の準備を、2012年10月に開始した。まずは理解に時間が掛かる経済学から学習を始め、ついで企業経営理論、運営管理都学習を進めていった。財務会計については、以前別の機会で学んだことがあったので、これらの科目と並行して、毎日2~3問過去問を解くようにした。情報、法務、中小企業政策は、一次試験直前の短期集中で勉強することにした。

私は、あまり几帳面な正確ではないので、重要論点をノートにまとめたりすることが不得意である。なので、知識学習は、テキストリーディングが中心である。そして、そこで得た知識の実例を、普段の生活やニュースなどに当てはめて理解するという方法をとった。

テキストリーディングは、時間を見つけて行った。入浴時間や通勤中の時間なども利用し、各科目7~8回は読破したと思う。そうして、ページのイメージを眼に焼き付けることで、知識を脳内にインデックス化していった。

知識の定着は、もっぱら過去問を使用した。まず始めに、各科目1年分を、何も見ずに過去問を解く。当然できるわけがない。次に、間違った問題を、解答解説ではなく、テキストやインターネットを使って解き直す。それで1回目の学習を終了する。これを繰り返していった。5年分をひと通り終えると、約1ヶ月で1回目に解いた問題を解き直す。この頃になれば、これまで勉強してきた知識で、それほど難なく解けるようになる。これを5年分1周させる。最後に、1次試験直前1ヶ月は、逆に解答解説を読んで、どんな問題だったかを思い出す訓練をした。この訓練は、特に問題の「ひっかけ」を見つける感覚を養うのに効果的だった。

2013年8月、1次試験を7科目受験し、財務と経済学が60点に足りなかったものの、7科目一括合格することができた。特にこの年は、経済学の科目合格率が3%に足りない悲惨な状況であったが、経済学を58点で踏ん張れたことが勝因だったと思う。合計点が400点台後半だったので、経済学で崩れていたら、合格はありえなかったかもしれない。

 

5 2次試験(1回目)

1次試験の合格を確認し、2次試験の準備を開始した。今から考えれば、このタイミングでの準備が、1年目の失敗につながったのだと思う。当時の私は、「まず1次試験に合格することが全てだ」と思い、8月までは2次試験の準備をあえてしてこなかった。

ところが、2次試験の勉強を開始するやいなや、2次試験は1次試験の知識の応用だけでは太刀打ち出来ない試験であることを思い知らされた。与件文に登場する会社に対し、どのような方向性を提示し、そのためにどのような戦略を構築すべきかという「お作法」、すなわち戦略策定プロセスを全然勉強していなかったのだ。当然、形のある解答にはならない。与件と解答との整合性や、設問間の一貫性が不足した解答しか作れなかった。加えて、与件と解答との因果関係の弱さや、解答の実行可能性の低さをOBの方から指摘された。2次試験の敗因の一つは、こうした問題点を短期間の間に修正できなかったことにあった。

その理由は、解答のプロセスが確立されていなかったことにあった。そのため、80分の時間制約の中、時計に追い立てられるように各設問と個別に戦っていたのだ。プロセスが確立されていないことによる余裕不足は、設問や与件の読みの質にも現れた。与件を深く読んで分析できなかったのだ。だから、後になって、「この部分が鍵だったのか!」とほぞを噛むことになったのだった。

その結果、1回目の2次試験は、BBAC総合Bで不合格だった。

 

6 2次試験(2回目)

前年の反省から、2回目の2次試験では、1次試験を再受験せず、2次試験一本で準備することとした。その理由は、1次試験の準備のために時間を取られたくなかったことと、2次試験に全精力を集中したかったからである。某OBからは「背水の陣ですね」という言葉を頂いたが、まさにそのとおりである。そしてこの戦略は成功した。

準備期間中、常に意識したのは、「診断報告書としても使える解答」のイメージだった。そのため、解答はできるだけ短文かつ主語と述語をはずさない、シンプルな記述を心がけた。設問読みでは、各設問が戦略策定プロセスのどのレイヤーについて聞いているのか、何を題意として問うているのかに注意するようにした。また、与件文は、診断企業の経緯を元に書かれているので、時間軸を限りなく意識し、「この強みは今もそうか」とか、「この問題はすでに解決されているようだ」という読み方をするようになった。

勉強会では、受験生が互いに他の受験生の答案を採点するという勉強法を採ったが、そこでもあまりいい得点を獲得することはできなかった。だが、不思議なことに、一方では「今のやり方でも十分試験に臨むことができる」という思いができてきた。なぜそう思えるようになったかについて、今でも明確に答えることはできないが、前年にはない感覚をもって試験日を迎えることができたと思う。

試験直前は、OBから頂いたファイナルペーパーに、自分なりの書き込みをして、試験当日まで毎日眺め続け、頭の中でイメージアップするように心がけた。試験当日は、与件文を読みながら、あたかも事例企業の社長さんと会話をしているような感覚を得ることができた。また、与件文の表現が「わたしを使って!」と呼びかけてくるような感覚もあった。その結果、自ら主体的に、すなわち「与件文の内容に振り回されることなく」解答を作成できたように思う。

とはいえ、合格発表当日まで、合格の自信があったわけではない。これでもかというほどゆっくりとした時間の流れに耐えながら、合格発表の日を待った。

 

7 受験生の皆さんへのアドバイス

紙面?の制約もあり、多くは書き綴ることができないので、受験生の皆さんには、次の2点をメッセージとしてお贈りしたい。

一つは、「継続は力なり」である。ありふれたメッセージのようだが、中小企業診断士試験の受験勉強時代を振り返ってみると、まさにこの言葉がそのまま当てはまると感じている。勉強そのものに疲れたとき、模試の結果が思わしくなかったときなど、何度も心が折れそうになったが、その都度「できるところをやろう」と思い、勉強を継続したことが、合格につながったのだと、今では確信している。モチベーションの維持は人それぞれなので、皆さん一人ひとりがやり方を見つけていくことになるが、その際に大事なのは、誰か別の人に相談することである。その意味で、ねくすと勉強会は、最後まで私の心の支えだった。

もう一つは、「診断士としての立場を自覚すること」である。1回目の受験以降、私は特に意識して、企業診断に関する書籍を読むようにした。そして、その積み重ねが、自分の中に「自分らしい診断士像」を作るきっかけとなり、その姿にしたがって解答作成できるようになったと思う。中小企業診断士試験も試験であるから、何らかのテクニックによる対応が必要であることは間違いない。しかし、テクニックに依存する勉強スタイルだけでは、採点者が「読んでみたい」と思うような答案を完成させることは難しいだろう。正しいことは書かれているが、「やってみたい」と思わせる内容を、論理的かつわかりやすく書くことで、他の受験生と差別化された答案になるのである。そのためには、まず一人ひとりが「自分が診断士ならどうする」という問題意識をもつことが重要である。

もちろん、アドバイスはこれだけではないので、今後のねくすと勉強会の活動で、色々お伝えしたい。

 

8 最後に

このたび、中小企業診断士試験に合格できたのは、ねくすと勉強会のOBの皆さん、ともに切磋琢磨した仲間の皆さんのおかげであり、非常に感謝している。皆さんなしでは、荒海の中の小舟のように、試験という嵐をたゆたい漂流を続けていたかもしれない。この場をお借りして、改めてお礼申し上げたい。

また、家族にも感謝する。試験勉強の時間確保のために、朝早く出勤する私を笑顔で送り出してくれた妻や娘が、勉強期間中の心の支えになった。特に試験直前期は、家で一緒に過ごす時間がほとんど無く、娘には寂しい思いをさせてしまった。これからは、少しづつ恩返ししたいと思う。

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